『家へ帰ろう』映画レビュー

映画『家へ帰ろう』レビュー

 老いはつらいよ。子や孫とともに豊かな老後を送っているかに見えた主人公アブラハム(ミゲル・アンヘル・ソラ)は、すでに快適な居場所を失っていた。自宅は売り払われ、金は子どもたちに分配され、彼自身は施設にはいることになっている。仕立屋として懸命に働いたというのに、なんとも虚しい話だ。

 思い起こされるのは70年前のこと。ポーランドに住むユダヤ人少年アブラハムは迫害され、命からがら旧自宅に逃げ帰り、親友にかくまわれ、アルゼンチンに逃れて生きのびた。友恋しさが募ったか、彼は友へ贈るスーツを手に、不自由な片脚をひきずって故郷の街を目指す。「ポーランド」と「ドイツ」という言葉は絶対口にしないと昔きめたとおり、頑なな心を抱いて旅に出たのだ。

 頑固一徹な老人の旅につきあわされるのか、という気持ちはいつしか失せ、彼と一緒に独特の情緒ある時間を過ごしていることに気づく。90歳近くになっても、どことなく粋な雰囲気を醸し出す彼は、なかなか女性にもてるのである。マドリッドのホテルの女主人(アンヘラ・モリーナ)は気位が高いが親切で、彼を夜の街へ誘い、みずから美声を披露する。ホテルで盗難にあえば、ふとしたことで縁遠くなった娘を頼ることになり、彼女の愛情の深さを知る。ドイツの土地を踏まずにパリからポーランドへ行きたいと駅で駄々をこねれば、ドイツ人の文化人類学者(ユリア・ベアホルト)が役に立ちたいと申し出る。

 彼女は、彼がじかにドイツの地を踏まずにすむように、自分の衣類をプラットホームに並べてその上を歩かせ、ベンチに座らせる。その衣類を丁寧にたたみながら、彼の心は少しずつ和らぐ。衣類は元通りトランクにしまわれ「あら、どうしましょう」と彼女が慌てれば、彼は立ち上がり、悠然たる足取りでプラットホームを逆に歩き出す。彼の可愛げが映画そのものの可愛げになる。

 旅の終着点ポーランドへ向かう列車内で、彼は過去の屈辱の記憶にさいなまれ、旅の疲れと持病とによって昏倒する。やや長い暗転の後、彼は病院で目覚める。目の前にははつらつとした看護師(オルガ・ポラズ)がいる。彼女もまた、彼の願いを聞き入れ、その故郷へと車を駆るのである。

 この物語は、パブロ・ソラルス監督のポーランド生まれの祖父と、母方の祖父のエピソードがもとになっている。冒頭に登場するアブラハムの家族は冷ややかさと無関心を感じさせるが、ソラルス監督は祖父への敬愛の念が深かったのだろう。そのことが映画全体を柔らかく包んでいる。エンディングにはいささか謎を感じるが、老いたアブラハムが幸せを得たことはまちがいない。人生の終わりにめぐりくる幸せとはなんだろう。それは自分を記憶してくれる人がいるということではないだろうか。彼を助けた美女たちもきっと彼を忘れないだろう。それがわがことのように嬉しい。               (内海陽子)

映画『家(うち)へ帰ろう』作品情報

2018年12月22日よりシネスイッチ銀座にて全国順次ロードショー
© 2016 HERNÁNDEZ y FERNÁNDEZ Producciones cinematograficas S.L., TORNASOL FILMS, S.A RESCATE PRODUCCIONES A.I.E., ZAMPA AUDIOVISUAL,
音楽:フェデリコ・フシド (『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』『瞳の奥の秘密』)
撮影:フアン・カルロス・ゴメス
出演:ミゲル・アンヘル・ソラ (『タンゴ』『スール その先は…愛』)、アンヘラ・モリーナ(『ライブ・フレッシュ』
『シチリア!シチリア!』『題名のない子守唄』)、オルガ・ボラズ、ユリア・ベアホルト、マルティン・ピロヤンスキー、ナタリア・ベルベケ 
2017年/スペイン・アルゼンチン/スペイン語/カラー/スコープサイズ/5.1ch/93分/原題:EL ULTIMO TRAJE/
英題:The Last Suit   
配給:彩プロ