『ボンジュール、アン』映画対談

『ボンジュール、アン』は、エレノア・コッポラ監督の長編映画第一作目。フランスを舞台に、カンヌからパリへ、フランス人男性と予期せぬ車の旅をするという自らの実体験を描いた作品です。主演にダイアン・レインを起用。人生の分かれ道をに立つ女性が新たな一歩を踏み出す勇気と元気をくれる人生賛歌です。この作品について、内海陽子、オライカート昌子の二人が対談を行いました。

こんな名女優になるとは思っていなかった

(C)the photographer Eric Caro
内海:ダイアン・レインには、昔、帝国ホテルのトイレでばったり会ったことがあります。たしか『ストリート・オブ・ファイヤー』(1984)のときだと思うんですが「ハーイ」と言って、とてもフランクで、かわいかったです。そのころは顔に小さい傷があって、ヤンキーねえちゃんという感じ。長くキャリアが続き、こんな名女優になるとは、実は思っていませんでした。『運命の女』(2002)が素晴らしくて、あれ以降、はずれがないですよね。役との距離のとり方が絶妙というか。ものすごく知的なタイプとは思わないですけれど、勘がいいんですかね、無理がない。『ボンジュール、アン』もすごく感心しちゃった。年を取ってくると、少しはかっこつけようとか、きれいに撮ってもらおうとか、思うはずなのに、彼女はそれもないのよね。それでさらにチャーミング。素敵でした。

オライカート:私は『ボンジュール、アン』の記者会見に行ったとき、かなりイメージが変わりました。こんなに素敵な人なんだって。そんなに知的な役をやる人ではなかったと思っていました。恋愛映画のヒロインで、よくリチャード・ギアとコンビで出演していましたね、『最後の初恋』(2008)など。どちらかというと、美貌をメインとして売る女優だったような。

内海;ピンナップガールじゃないけれど、かわいこちゃん系ね。

オライカート:素顔はあまりにも知的で真剣でびっくりしました。そしてこの映画を見たら、自然体で素晴らしかった。ダイアン・レインとジェニファー・コネリーの映画はとても好きで、いつも注目しているんですけれど、美貌を投げ捨てて『マン・オブ・スティール』(2013)で、スーパーマンのお母さんのような老け役をやるようになったのには、少しがっかりでした。それもひとつの選択だと思うんですが。

映画の神様に愛されている

(C)the photographer Eric Caro
内海:彼女を見ていると、年を取るということをすごく肯定的にとらえていて、それも素敵だと思います。年齢に逆らっていると、見苦しいというか、寂しいなって思うんですが、彼女は年を取っていくことを味方にしていますね。それはもって生まれたセンスなのかもしれない。

オライカート:内面で努力しているんでしょうね。可愛い/きれい系な役をやっていても、さらに中から豊かなものを出そうとしていると思います。演技というのは、全部自分を丸ごと見せなければいけないものだから、今までの成功してきた演技の中身には、彼女が生きてきた道筋そのものが反映されていると思います。

内海:ただ、映画っていうのは、本人の意欲や努力だけではキャラクターが生きないわけで、よくある言い方ですが、映画の神様に愛されている。そういう人じゃないとああいう連続性はないと思う。たまにいい作品があったとしてもね。芝居や演劇の演技は別ですが、映画は、自分だけが頑張ってどうなるものでもないんです。映画の場合はチームワークがあるし、いつどういう役がめぐってくるか、いろいろなめぐりあわせがあると思う。

ダイアン・レインの役柄ですが、考えたらあれは、ある年配の女性の自慢話ネタなんだけれども、ダイアン・レインが演じていると、全然そうは見えないですよね。

(C)the photographer Eric Caro
オライカート:自慢話ではあるんですが、誰でも一時期そういうことはありがちなので、共感できるのではないかなって思います。

内海:彼女が醸し出すもので、見せきっちゃうというところがいいですよね。小技を使って演技がうまいと思わせるのではなく、彼女が持っているもの、顔や体つきや声や動き、目線を動かしたり、デジタルカメラをいじったり、そういうものだけで成立させることができるというのは、滅多になくていいですよね。プレイボーイと思しきフランス男とドライブして、ご馳走を食べて、観光するだけの話なのに。

オライカート:『サイドウェイ』(2004)を思わせますね。

内海:そうね。だけどこの映画の場合はあんまり欲張らなかったところがいいと思いますね。男性監督の場合は、もっといろいろなものを入れて、それも男の見栄だったり、野心だったりするんだけど、コッポラ夫人は、この話を一度やりたかった、このエピソードを映画にしたかった、ということに終始している気がします。人生ってこんなことがあって、それがとても楽しくて、キスまでで終わったのか、実はその先があるのか、それも気になるけど、とにかく人生って面白いのよ、ってウインクされるようなかんじね。

ラストシーンの先を期待させる

(C)the photographer Eric Caro
オライカート;なにか散歩みたいな。ちょっとした小休止、旅。

内海:わたしはちょっと違うけど。キスをベッドインに匹敵する出来事と、フランス男に思わせたくらいの女の物語って気がするのね。じゃないと、そこまで思わせてくれないと、映画として買わない。

オライカート:キスを入れて、その後どうなる? っていう描き方がとてもスマートに思えました。

内海:彼女のラストシーンの笑顔が謎めいていて、わたしはその先を期待してしまうの(笑)。あれは、彼女が勝ったというか、男心を手のうちに入れた証拠だと思うのね。

オライカート:ラスト、パリからアメリカにスッと移る描写がいいなと思いました。

内海:スタッフの使い方がうまいのよね。監督というのは、スタッフが集めてきた材料をジャッジする人だから。編集もうまいしね。女心の逡巡を微に入り細をうがって描くことができている。年の功というのはこれくらいチャーミングでありたいわね。

(C)the photographer Eric Caro
オライカート:軽やかな音楽も特徴的で、オードリー・ヘップバーンが出てきそうな。昔良くあったタイプの映画ですね。いろいろなものを詰め込まずに。わたしは、キスはサービスだと思うんですけれど。あってもなくてもいい。こういう映画もあるよという、映画の楽しさを再び思い出します。嫌なことを描く映画や小難しいものも多いのですが、こんなふうに軽い気持ちで見て、いい気分になって帰る。いろいろなシーンに喜びが詰まっている。二人の心の揺れもそうなんですが、花の香り、空気や色彩など。

内海:キスは必然よ。あれに賭けているというか。あれ以上は描かれていないからこそ、あのシーンに重点が置かれていると思います。現実は、もしかしたら再会してその後があったりして…。だって、コッポラの奥さんの体験を元にして描かれているわけですし。初めて監督した映画ということもあるし、いろいろ差しさわりがあるから、こういうオチにしたのかなって思います。わたしはあえてラストシーンの先を深読みしてしまう。深読みを楽しみたい映画です。

内海陽子オライカート昌子

ボンジュール、アン
2017年7月7日(金)、TOHO シネマズ シャンテ他にて全国ロードショー
配給:東北新社=STAR CHANNEL MOVIES
公式サイト http://bonjour-anne.jp/