『キャロル』映画レビュー

(C)NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014  ALL RIGHTS RESERVED
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 書道塾に通っていた小学生のころ、顔や姿かたち、むろん筆づかいも美しい女子中学生に憧れて家まで後をつけたことがある。見とがめられ、不審な顔をされて熱が醒めたが、あのときにっこり微笑まれたらどうなっていただろう。

 うらやましいことに、この映画の既婚女性キャロル(ケイト・ブランシェット)と独身女性テレーズ(ルーニー・マーラ)は互いに一目惚れである。1950年代のニューヨークで裕福な暮らしをするキャロルは毛皮をまとって堂々たるもの。デパートのおもちゃ売り場で働き、クリスマス宣伝用のサンタ帽を被ったテレーズは少しぎこちない。しかし二人はまたたく間に似合いのカップルになる。キャロルは自分の同性愛志向を熟知しており、テレーズは異性とのつきあいに違和感を覚えている程度だが、その差異がまたサスペンスを奏でる。

 キャロルは別居中の夫との離婚を決意しているが、悩みは一人娘の存在。夫は妻の“素行”が世に反するものとして、娘の親権を独占しようとする。テレーズは中途半端に交際中の男にプロポーズされ、自分が男との結婚を望んでいないことをはっきり自覚する。男たちは女性同士が惹かれることに想像力が働かないのでひどく愚鈍に見える。男たちは異性愛を信じているのではない。女は男に従属して生きることが幸せだと信じているのである。

 この映画はひたすら恋する女たちを見つめる。画面はグレーでおおわれた優美な色調で、キャロルの唇のルージュ、マニキュアした爪、スカーフ、コートの赤が挑戦的に際立つ。本来ならエレガントに見えるはずの彼女の手は、がっしりした男の手のようにテレーズを誘惑する。質素だが清潔な装いのテレーズは、キャロルへの恋心が高まるとともにカメラマンとしての技量を磨くべく精進する。そしてシカゴへ向かって旅立ったある晩、二人は性的に結ばれる。

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  恋は障害があればあるほど燃え上がる。二人の場合もまた例外ではない。男の顔をつぶされたと思うキャロルの夫によっていったんは仲を裂かれるものの、このまま恋を諦めてうなだれてしまうほど、二人は気性の弱い女ではない。

 ものごとがうまく運ばず、不幸な境遇にあるとき、それを社会や周囲のせいにして愚痴を言い、不満をもらす主人公は二流だと思う。二人のヒロインはそれぞれに自分の生活を整え、晴れてまた向かい合う。映画のファーストシーンは実はラストシーンの始まりで、穏やかに向かい合っているかに見える二人は再会して緊張の真只中にいるとわかる。二人の物語を知ってしまったわたしは、最後の決断を委ねられたテレーズのためらいを息詰まる思いで見守る。

 エンディング。キャロルのあいまいな微笑みは獲物を捕らえた女王のようで、テレーズは少し尻込みしているようだ。しかしひるんではならない。恋の妙味は、捕らえられ蹂躙されることにこそあるのだから。      

内海陽子

キャロル
2016年2月11日(木・祝)より、全国ロードショー
配給:ファントム・フィルム