まほろ駅前多田便利軒の画像
(C)2011「まほろ駅前多田便利軒」製作委員会
遠くまで旅に出るのもいいが、都内のお手ごろホテルに一泊するのもいい。この映画のモデルである町田市のホテルにも泊ったことがある。ひとりで酒場にはいる度胸もなく、あてもなく夜の街を歩き回ると、甘い寂寥感に包まれる。この感じが好きだ。映画の冒頭にひょいと登場する「多田便利軒」の看板はそんな“旅人心”をくすぐる。映画を見ることは旅だとあらためて思う。

便利屋を営んでいるというより、引きこもりのまま人助けをしているような多田(瑛太)と居候の行天(松田龍平)。ぱっとしない二人にふさわしく、お客の依頼もぱっとしないが、そこから、思いがけずに豊かな人間関係が広がる。くすぶっている野郎たちという設定にしては二人の俳優はかっこいいが、この映画は、くすぶり具合とかっこよさのバランスがいい。

くすぶるといえば、二人はそれぞれこだわりの銘柄のたばこを吸い、灰皿には吸殻が山盛りになる。かつて犯罪の匂いのする映画には必ずたばこがあった。それが目配せであるかのように、二人は犯罪に巻き込まれるが、その描写はひょうひょうとしてエレガントだ。

たとえば、行天が手をぷらぷらさせながら、危ない男(柄本祐)から逃げ惑うシーンは、そもそもは逃げ足が遅いという設定らしいが、わたしには彼が相手を挑発しているとしか思えない。松田龍平の父、松田優作が、テレビドラマ『探偵物語』で、相手をからかって逃げている姿を思い起こして感傷的になる。

原作者、三浦しをんの中・短編集「むかしのはなし」の“懐かしき川べりの町の物語せよ”の中に「自分の、そして相手の、さびしさを感じ取ることでしか、誰かとつながる手段がないなんて。」というくだりがある。多田と行天との関係、彼らがめぐりあうひとびととの関係は、まさにこのとおりだ。そしてそれはこの映画とわたしとの関係でもあるとわかり、穏やかな気持ちになる。
内海陽子

2011年 日本映画/123分/監督:大森立嗣/出演:瑛太、松田龍平、片岡礼子、鈴木杏ほか、
『まほろ駅前多田便利軒』オフィシャルサイト2011年4月23日(土) 新宿ピカデリー、有楽町スバル座、渋谷ユーロスペース 他 全国ロードショー