『空に住む』映画レビュー

『空に住む』。素敵なタイトルではないだろうか。ファンタジック。雲の上から世界を眺める特権的な喜び。そんな感じが伝わってくる。

だが内容は、決してファンタジックではない。郊外の出版社に勤める女性、直実(多部未華子)は、叔父夫婦の豪華なタワーマンションの高層階の一室に住むことになる。愛猫のハルとともに。

直美は父母を突然の事故で亡くしたばかりだ。まだ泣くこともできなければ、心の整理もつかない。ふわりと日常をやり過ごすだけ。

ただ、直美の生活も、少しずつ変化していく。新たな出会いや喪失も経験しつつ。

わたしが一番期待していたのは、タワーマンションの豪華な一室からの眺めだったが、演出上は重視されていなかった。空からの眺めでピックアップされているのは、ビルボード、つまり広告だ。その広告は、人気俳優・時戸森則(岩田剛典)を起用している。

直美は、たまたまエレベーターで時戸と出会い、彼女の生活に新たな彩りが加わったように見える。だがその後、直美はさらに、かけがえのないものと別れることになる。

直美は、流れのままに生きていて、変化はあまりにも小幅だ。直美は映画の主人公としては、地味でもあり、反面リアルでもある。

直美と比べると、彼女を取り巻く人々は個性的でもあり、好き嫌いが、はっきりしていて、鮮やかだ。

特に、『愛はなんだ』で強烈な個性を発揮した岸井ゆきのが演じる、直美の後輩、愛子は、婚約者との結婚を控えていながら、別の男性との子どもを宿している。強さと弱さが調和している様子がくっきりとした印象を残す。

人生は急激に変わるものではなく、環境や人間関係、喪失など外側の変化は急激な場合もある。だが、心はそれに慣れるようにゆっくりと変化していく。

ところで、この作品では、永瀬正敏がほんのワンシーン出演している。彼は、ジム・ジャームッシュ監督作品、『パターソン』でも、同じようにワンシーン出演しているのだが、両作品とも、貴重なものを失った主人公に、何気なく語り掛けるという役柄だ。

永瀬正敏の役に刺激されるように、直美も、『パターソン』の主人公も変化を起こす。

失うことは得ること。同じように、得ることは失うことでもある。永瀬正敏の役柄は、はっきりと言うわけではないけれど、それを忘れないでとばかりに登場してくるのだ。

オライカート昌子

空に住む
c2020 HIGH BROW CINEMA
2020年10月23日(金)全国ロードショー
監督・脚本:青山真治 脚本:池田千尋
キャスト:多部未華子 / 岸井ゆきの  美村里江 / 岩田剛典
鶴見辰吾 / 岩下尚史  髙橋 洋 / 大森南朋
永瀬正敏  柄本 明
原作:小竹正人『空に住む』(講談社)
配給:アスミック・エース