『エル ELLE』映画レビュー

『エル ELLE』

© 2015 SBS PRODUCTIONS – SBS FILMS– TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION – FRANCE 2 CINÉMA – ENTRE CHIEN ET LOUP
 いまや、名実ともにフランス映画界髄一の女優になったイザベル・ユペール。彼女は若いころから出演作品選択の大胆さで知られたが、年を重ねてさらに意欲を見せる。この映画は物音だけのトップシーンからして衝撃的だが、本当に衝撃的なのは起こったことに対するヒロインの対処のしかたである。
覆面の男に暴行されたというのに、ミシェル(イザベル・ユペール)は病院には行くが警察には行かず、淡々と自衛の策を講じる。ゲーム機開発会社の社長という要職にある、非常にセクシーな中年女性で、若い社員が下賤な興味を持つことも考えられる。その中の誰かによる性的嫌がらせがある。カフェで女客の無礼にも遭う。だがなにごとにつけ、彼女はむやみに感情をあらわにしない。

 ミシェルの心を多少とも揺さぶるのは愛息子とそのフィアンセのこと。未だ自立できない息子は勝気なフィアンセの意のままで、身分不相応な住まいを借りようとする。別れた夫に未練はないが、夫の方はミシェルの金と権力を当てにしている。彼女の持つアパルトマンに住む母親は贅沢三昧で、若い男に夢中だ。こうやって彼女の周囲の状況を説明しても、何かぼやけている。

実はミシェルが10歳の時、父は凶悪犯罪を起こして終身刑になった。その事件にミシェルが関係しているという噂が立ったことが、彼女の成長に影響を及ぼしたことは想像に難くない。映像で詳しく語られることのないその事件が、イザベル・ユペールという女優の存在によって透けて見えるような構造になっている。その緊張感がポール・ヴァーホーヴェン監督の優れた技量によるものだとしても、凡庸な女優ならまちがいなく観客を置き去りにしてしまうだろう。

ひどい不幸に見舞われた少女が、不幸に飲みこまれず何十年も過ごし、ゲーム機会社を起こした。それは彼女が弱者ではないからだ。むろん良妻賢母でもない。言い訳をせず、困難を乗り越え、自分の才能を伸ばしてきたことが現在に繋がっている。精神がとびぬけて強靭で、むやみに誰かにすがりつくことはない。

物語はいちおう、ミシェルによる暴行犯捜しのサスペンスにもなっているが、途中からミシェルが犯人を意のままに操っている雰囲気を醸し出し、事件は思いがけない形で決着がつく。終わって物語を見渡すと、彼女が仕組んだわけでもないのに、彼女がすべてを支配していたような印象が残る。それが奇妙だ。

さらに奇妙なのは、登場する女性たちの多くがミシェルに魅惑されている様子だということ。一人は「彼に応えてくれてありがとう」という言葉を残して去る。誰かということは見てのお楽しみだが、いずれにしても、これだけ型にはまらない女性像を造形できるのは、イザベル・ユペールをおいてほかにないだろう。わたしもまた彼女に魅了され、その残像を追うばかりである。
                             (内海陽子)

エル ELLE
2016年 フランス映画/131分/監督:ポール・ヴァーホーヴェン/出演・キャスト:イザベル・ユペール/ローラン・ラフィット/アンヌ・コンシニ/シャルル・ベルリング/ヴィルジニー・エフィラ /ジョナ・ブロケほか/配給:ギャガ/
公式サイト http://gaga.ne.jp/elle
2017年8月、TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー