『この国の空』映画レビュー

(C)2015「この国の空」製作委員会
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 見終えて少し時間がたつと、ヒロインの二階堂ふみ、その母役の工藤夕貴、その姉役の富田靖子が三人姉妹のように感じられてくる。わたしの中で、工藤夕貴と富田靖子の若き日の印象が強いせいだろう。隣家の男(長谷川博己)に惹かれるヒロインと同じように、母と伯母も彼に惹かれることはなかったのか。

 昭和20年、敗戦間近の東京の杉並。19歳の里子(二階堂ふみ)はとうに父を亡くし、母と二人暮らしだ。隣には妻子を疎開させた銀行員・市毛(長谷川博己)が住んでおり、その身の回りの世話をするうち、里子は彼を異性として意識するようになる。やがて横浜に居た伯母(富田靖子)が焼け出されて転がり込み、母と伯母のとげとげしさにうんざりした里子の心は急速に市毛に傾く。

 むろん市毛のほうも若い娘なりの悩みを打ち明ける里子に好意以上のものを覚えている。彼の万年床を見た里子が汗によって色変わりした枕カバーを洗濯し、彼がそれに気づいて恥じるあたりから、二人の発する生気は濃くなる。そして貴重な米を得るために遠出した帰り、二人は神社で抱擁してとがめられる。

(C)2015「この国の空」製作委員会
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 園子温監督『ラブ&ピース』で、さえない男とロックスターという分裂した二役をエネルギッシュに演じた長谷川博己が、妻子の留守中に隣家の娘に手を出してしまう普通の男を、男ざかりの魅力を発散させて演じる。二階堂ふみは、初々しさとともに母性をも感じさせる趣で男を受け止める。恋なのか性的欲望なのかがよくわからないまま、二人は激しい情動に身を任せる。戦時中という背景がはかなさと悲壮感を生み、二人の関係を緊張感漂う特別なものにする。

 監督は『共喰い』(13)の脚本を手掛けた荒井晴彦。『身も心も』(97)に次ぐ2度目の脚本・監督作品で、不穏な空気の中、性に囚われていく娘心を清潔な映像で丹念に紡ぐ。物語の始まりのころ、空襲から守るため窓ガラスに細く切った紙テープを貼るシーンがあるが、これほどまでに端正でいいのだろうかと感嘆する。『ヒミズ』(12)で世界の注目を集めた二階堂ふみは、内心の動揺を抑えつつもときに激しさを閃かせる好演で、観客を傍観者のままにはしない。

  それにしても、二人の関係を見て見ぬふりをする母と伯母の心理が気になる。19歳の娘の母ならばおそらく40歳前後で、伯母も40代半ばだろう。市毛より少し年上なだけである。ただの女として、娘の若さに嫉妬することはないのだろうか。別にこみいった三角関係を期待するわけではなく、ヒロインの祖母の年代に近くなったわたしは、40代の女の性もまた気になるのである。

  ラストシーン、ヒロインのクローズアップの後に「里子は私の戦争がこれから始まるのだと思った」という字幕が出る。わたしには余計な技と感じられるが、ここに脚本家・荒井晴彦の思いのたけがこめられているのだろう。
                               (内海陽子)

この国の空
2015年8月8日(土)より、テアトル新宿、丸の内TOEI,シネ・リーブル池袋他、全国ロードショー
配給:ファントム・フィルム、KATSU-do
公式サイト http://kuni-sora.com/