光のほうへの画像
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疎遠となって久しい兄から弟への一本の電話。そのとき、兄は受話器の向こうから聞こえる我が子を案じる弟の声に、無言で受話器を下ろす。父となった弟に対して、我が身の孤独を顧み、抑えきれない憤りを覚えたに違いない、彼は公衆電話を殴り、右拳を血まみれにする。

しかし現実は、弟もどん底状態だった。その日の生活費にさえ事欠く有様の彼が、唯一兄と違うのは息子マーティンの存在だ。かつて幼き兄弟は、育児放棄して酔い潰れる母に代って、生まれたばかりの弟の世話を焼いた。赤ん坊をあやし、その頬にキスするとき、すさみきった彼らの顔が、少年らしい無邪気さで輝く。赤ん坊だけが兄弟にとって、絶望的な日常を忘れさせる希望だったのだろう。そうして、彼らはふざけて赤ん坊に洗礼を施し、命名する。

光のほうへの画像しかし、神は兄弟のその光を無情にも吹き消してしまう。憂さ晴らしで泥酔した彼らへの罰のように。愛を知らない人間は、愛を表現する術を持たないという。

大都会コペンハーゲンで、兄弟は貧困と孤独にあえぎ、人生をただ無為に生きている。かつての心の痛みは歳月を重ねても、彼らの脳裏にまとわりついて離れない。

久しぶりの再会となった母の葬儀の後、兄弟が再び顔を合わせるのは、刑務所の中でだ。そのとき、弟はしみじみこう呟く。「もっと会っておけばよかった」。そう言い残した弟は、兄に息子マーティンを託す。「いい兄さんだったよ」。

そのとき、監督のトマス・ヴィンターベアは、幼き頃、赤ん坊に命名したときの幸福を兄の脳裏に甦らせ、彼を号泣させる。文字通り、傷だらけの右の拳を切り捨てたやさぐれた中年男が、自らの頑なさをも捨て去ったとき、押し殺していた感情がようやく身体中に奔流する。

片手を失った彼の日常は、これまで以上に過酷さを増すだろう。しかし、残った左腕で彼はマーティンをしっかと抱き寄せるに違いない。皮肉屋のペシミスト、ヴィンターベアは、そんなささやかな歓びを希望と呼ぶのだ。
(増田統)

・2010年 デンマーク映画/114分/監督:トマス・ヴィンターベア/出演:ヤコブ・セーダーグレン、ペーター・プラウボー、パトリシア・シューマンほか、
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