金熊賞『シノニムズ』の注目監督が全てを語った25分間のインタビュー

今年の『フランス映画祭』で一番人気だったのが、

この風変わりなタイトル『シノニムズ』だ。

人気の理由は、なんたって第69回ベルリン国際映画祭の金熊賞だから。

そして、フランス映画祭でたった一回だけの特別上映だから。

映画の出だしはこんな具合だ。

イスラエルを逃げ出したヨアヴはフランスに帰化しようとパリにたどり着く。

夜明け、バスタブで体を温めていたわずかな時間に、パスポート、身分証明書、

お金、下着まで、全てを盗まれてしまう。

取り返そうと裸のまま外に飛び出すが、それらしき人は見当たらない。

パリの厳寒に耐えられず、バスタブに引き返すが今度はお湯が出てこない。

寒さに目の前がかすんで、記憶も段々と薄れてくる。

そしてとうとう動かなくなる。

死んだのか。時間の概念がない。

そこに男女二人のフランス人がやってくる。。。

いまや世界で注目の的、ナダヴ・ラピド監督の25分インタビューが実現した。

何をどこまで話してくれるのか。

それもわかりやすく。

扉の向こうにはラピド監督がいる。

スタッフに聞いてみた。

監督はお疲れ? 機嫌はいい?

「昨夜遅く日本に到着されたので、お疲れ気味です。

ちょっぴり気分がすぐれないかも、ですね」

聞かなきゃよかった。

ほどなく、インタビュー室のドアが開けられ、宙に浮いたように

吸い込まれた。残り時間は24分しかない。


(唐突な開口一番)

まるで、「パリを浮遊する魂」の映画でした。

監督「なるほど、『浮遊、さまよう』という表現はよく捉えていますね。

常に動き続けている、さまよい続けている映画です。

主人公のイスラエル人ヨアヴは、常に居場所を探し続けているわけです。

しかし、落ち着ける場所が一向に見つからない。

常にその瞬間瞬間で戦い続けなければならない。

まるで戦士のようだ。

常に壁にぶつかっては、それを壊して乗り越えようとする。

ヨアヴの魂のみならず、体もさまよい続けている。

その『浮遊する、さまよっている』という表現は、

この映画を語るにピッタリの言葉です。

パリをさまようシーンが多く出てきますが、

ヨアヴの目線としてパリの地面が延々と映るシーンがあるでしょ。

ご記憶ですか? パリの街中を歩いていても、

結局はヨアヴはうつむき加減が多い。

実際は体がさまようのではなく、魂自体がさまよっているのです」

もうひとつ感じたことがあります。

主人公のヨアヴは、「生まれ変わり」なのだろうということ。

冒頭、パリのアパートのバスタブ。

素っ裸で冷たくなった状態のヨアヴが、若い男女に助けられる。

ヨアヴは以前イスラエルの兵士で雪山で凍死したようだ。。。

時間の感覚も曖昧で、ヨアヴを助けたパリっ子の男女が

次第に守護霊に見えてくる。。。

監督「ふふふ、読み取ってくれてありがとう。

この『シノニムズ』の描き方には、2種類の解釈があります。

ひとつは見た通りのまま、その出来事を感じてもらうこと。

これは実にシンプルですね。

もうひとつは比喩とか、もう少し幅の広い解釈です。

シンプルな見方でいうと、イスラエル人の若者がパリで物を盗まれて、

裸で震えていたところをフランス人の男女に救われる話。

もうひとつは、自分の過去を断ち切って、生まれ変わる男の話。

文字どおり、裸で生まれ変わり、前世のイスラエル人から

今度はフランス人として生きようとするものの、現実はうまくいかず、

いつまでも忌まわしい過去がついて回るというお話」

それが如実に表れているのが後半のセリフですね。

「君たちを救うためにやってきたんだ」

「偉大な国家の危機なのだ」

こうしたメッセージを叫んであらゆるものが消えていく。

この映画はある意味、自叙伝ですか。

監督「そう。かなり自伝的要素が含まれている。

イスラエルでは多くの人が徴兵制に参加します。3年間。

私はそこを逃げ出してイスラエルを去ろうとしたのです。

徴兵時、自分の魂が汚染されている気持ちになって辛かった。

イスラエルに別れを告げて、フランスに移り住んで

フランス人になりきろうと心に決めたんです。

それまでのヘブライ語を口にすることを止め、

イスラエルの知り合いとの連絡も全て絶ちました。

まず、2年間パリに暮らしてフランス語しか口にしないよう努めたんです。

学ぶことに集中した。芯からフランス人になろうとした。

映画に描かれている多くは私の実体験です。

主人公のヨアヴ同様、私もフランスに着いた時にはお金がなかった。

素っ裸状態だった。

毎晩同じものを食べていた。これも映画の主人公と同じパスタ。

滞在許可証もないのであらゆるアルバイト、闇仕事もして食いつないだ。

そんな中、パリの街中をさまよっていた時にフランス語の同義語(シノニムズ)をボソボソと口ずさみながら歩いていたんです」

なるほど、そこが映画でいう「台無し、刃物、鉄、母、腸、ペテン、、、」と

口ずさみながら夜のパリを徘徊する主人公と重なるわけですね。

監督「そう。『国家の危機で、君たちを救うためにやってきた』というセリフは、私自身がナポレオンに憧れを持っていたから主人公に言わせたセリフです。

ナポレオンもコルシカ島からやってきて、、、ある意味、

異国からフランスにやってきたイメージを私自身に投影したのです。

ナポレオンと自分を『シノニムズ=同義語』と捉えて

異国からフランスを救うためにやって来たんだ! と叫ぶ。

その昔、栄光に輝いていたフランスを取り戻したいという、

心の叫びがあのセリフなのです」

なるほど、これで映画のタイトル「シノニムズ」の意味が解けました。

それにしてもこの風変わりなシナリオやストーリーを、

「異国」からきたアナタがよく制作できましたね。

スポンサーや映画会社をどうやって納得させたのですか。

監督「前の2作品が、ロカルノとカンヌで注目を得ていたからね。

少しずつ知名度も上がり、評判もあったんです。

私を評価してくれた映画関係者は、イスラエル生まれの私が

フランスをどう描くのか興味津々だったようですよ。

関係者の中には、ロマン・ポランスキー監督と組んだプロデューサーもいて、その方の後ろ盾もありました。

でも実際、私の書いたシナリオを理解できた人は少なかったはずです(笑)」

映画の中で、ニースのテロ事件も語っていますね。

最近のフランス映画には実際に起きたテロの話が多いですが、

それはフランスで映画を撮っている監督として、どう感じますか。

監督「きわめて自然なことだと思います。

なぜなら、自分を取り巻く世の中で実際に起こった出来事は、

自分の表現の場でも触れたい、扱いたいと思うからです。

テロというのは惨劇ですが、避けては通れないことですからね」

今年のフランス映画祭の中で、『シノニムズ』は一番人気のようですが、

理解しづらい人もいるでしょうね。

私も2日ほど経ってから映画の内容が消化されましたから(笑)。

そこで、ラストはこんな質問。

10年後、名画座の2本立て興行で上映されるとしたら、併映は何にしたい?

監督、しばらく考え込みながら、「ひとつ挙げるとすれば、

まだ見ていないけど、あらすじを読んで興味を持った作品があります。

それは、パレスチナのエリア・スレイマン監督の作品。

若いパレスチナ人の男がアメリカを経由してフランスに向かう。

過去を断ち切って、新たなアイデンティティ(自我)で生まれ変わろうと

しても、いつまでたってもパレスチナでの過去がつきまとう映画らしい。

見てみないとなんとも言えないけど、シノニムズに似てるでしょ」

今年のカンヌ映画祭で上映された『It Must be Heaven』ですね。

直訳すると、そりゃ、天国にちがいない、かなぁ。

監督「10年後、もしかしたら、パレスチナもイスラエルも

平和になっているかもしれない。いや、平和になっていてくれ! 

という希望も込めてこの2本立て!」

ここでタイム・アップ。

サイコーにエキサイティングなお時間をいただきました。

ナダヴ・ラピド監督、ありがとう。

エリさんによろしくお伝えください。

エリさん? 

そう、この『シノニムズ』を最後まで見た人だけが分かる、この名前。。。

知りたいでしょ。

だから、『シノニムズ』の日本一般上映を熱望しようではありませんか。

(取材と文)武茂孝志

●ナダヴ・ラピド監督のプロフィール

1975年イスラエル、テルアビブ生まれ。テルアビブ大学で哲学を学び、卒業後に自国の徴兵に参加した後にパリに移住。イスラエルに戻り、サム・スピーゲル映画テレビ学校を卒業。初監督作品「Policeman」は2011年のロカルノ国際映画祭にて審査委員特別賞を受賞。「The Kindergarten Teacher」(14)は、カンヌ・批評家週間をはじめ、数多くの映画祭に出品された。2016年にはカンヌ・批評家週間の審査員も務めた。

邦題:シノニムズ

原題:Synonymes

監督・脚本:ナダヴ・ラピド

キャスト:トム・メルシエール、カンタン・ドルメール、

ルイーズ・シュヴィヨット

製作年:2018

製作国:フランス、イスラエル、ドイツ

言語:フランス語

画角:スコープ

時間:123分

R15+

第69回ベルリン国際映画祭 金熊賞受賞

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