『パーソナル・ショッパー』映画対談

『パーソナル・ショッパー』は、フランス人監督オリヴィエ・アサイヤス監督が2016年カンヌ国際映画祭で監督署を受賞した作品です。主演に『トワイライト』シリーズの成功でドル箱女優となったクリステン・スチュワートを起用。ファッショナブルでサスペンスフルな衝撃のミステリー。本作について、内海陽子、オライカート昌子の二人で対談を行いました。

霊体験は一瞬の夢か

©2016 CG Cinema – VORTEX SUTRA – DETAILFILM – SIRENA FILM – ARTE France CINEMA – ARTE Deutschland / WDR
内海:今回の対談は『パーソナル・ショッパー』です。最初に何が起こっているのかわからず、イライラしました。20分ぐらいしてから、ようやくわかってくる。ヒロインはある種依存症で、亡くなった兄に依存している。それから少しマゾヒステッィク? そういう女性をあまりきわどいシーンを使わないで描いている、エロティシズム映画だと思う。

オライカート:そうですね。

内海:死後の世界とか、お兄さんがサインを送ってくれないかなと思っているのも、すべて彼女の頭の中で起こっていることで妄想ではないかなと思います。映画の中でフラッシュがたかれたり、霊とおぼしき姿が見えたりするじゃないですか。あれも彼女の幻覚だとわたしは思います。

オライカート:監督の描き方としては、霊が本物か、幻覚か、どちらとも受け取れるようなずるい描き方をしていますよね。ラストの一言はエクスキューズじゃないですか。こうもとれる、ああもとれるという描き方をしています。でも実際、霊現象というのはあるわけじゃないですか。内海さんはそうは思われない?

内海:霊現象は見たと思った人の頭の中で起きていることだから。第三者が同時に見ることはできないわけです。受容体としてその人の頭の中で起きていることをあの映画は描いているわけで、それが現実かどうかは証明できないわけです。

オライカート:それはそうですけれどね。

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内海:もし一緒にいた第三者が見たとしたら、集団催眠とかね。つまり夢かうつつかという言い方があるでしょう? ここでもふっと夢が起きることもあるわけです。夢の中と言うのは本当に不思議なことが起こるから、ものすごく乱暴な言い方をすれば、全部頭の中で起きていることと言えるのです。霊現象が現実で、本当に起きている、と言うことのほうも実は乱暴な言い方なわけです。

オライカート:ただ、霊現象は実際にあるわけです。

内海;実証できないからわからないわけよ。

オライカート:ただ研究云々ではなく、霊と一緒に生きているということはごく普通にあることじゃないですか? 友人の家では、この映画にあるように水道から突然水がでたり、家に帰ったときにドアを開けようと鍵を探している間に、鍵のかかっているはずのドアが自然に開いたりすることが普通にあって、もちろん、家族全員が体験しています。ああ、誰か住んでいるんだね、って言ったりしていました。

内海:昌子さんは実際に見たんですか?

オライカート:わたしは見ていないんですが。他にも不思議な話はたくさんあります。

内海:わたしは一瞬の夢だと思います。あるいはロマン。

オライカート:人の頭の中で起きていることっていうのは、別の人にはわからない。昨日起きたことや、やったことを思い出してみても、それは記憶に過ぎないから、どこまで正しいのか計測できない。霊のことも想像も記憶も、その人の頭の中で起きていることだから、別の人にはどこまで本当なのかわからない。自分の中で起きていることしかわからない。その辺の曖昧さをこの映画は描いていると思います。それが一番大事なことではないし、テーマでもないんですが。

内海:テーマだと言い切ったほうがいいんじゃない?

オライカート:いえ、テーマは別にあると思うので。霊現象がテーマではないでしょうね。

モウリーンはサインを見つけたのか

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内海:わたしはこの監督は女性をいたぶりたいタイプだと感じますね。性的にサディステッィク。だいたい監督と女優の関係は、そういうところがありますね。きれいな女優のクリスティン・スチュワートを、わたしを見て欲しいというふうに描いています。
ただ、霊媒師の設定というのが唐突すぎて、過去やなぜそういう仕事をするのかの描写が足りない。双子のお兄さんは霊媒師としての力がちゃんとあったと言っていますが、彼女は近親愛もあり、そんな力はあまりないのにもかかわらず、お兄さんにひきずられるように、力があると思い込んでいる。さらにそれならなぜ、パーソナル・ショッパーという仕事をしているのか。あまり面白みのない仕事でしょ。
そして霊媒師の才能がないにもかかわらず、兄からのサインを待つためにフランスに滞在している所在無さ。芯のない仕事でしょ。自分と言うものがない。自分が選んだ服を着るのは他の人。作者は、それがつながるようなアイデアがひらめいたんだと思うけど、そのひらめきに余り説得力がない。全体をムードで持っていこうとしている。ムードを作る力はあると思う。それは認めますけど。ただ監督としてすごく優れた仕事をしているとはあまり思えない。

オライカート:近親者とか、大事な人が亡くなった後って、しばらく普通じゃないですよね。

内海:そうそう。

オライカート:その普通じゃない精神状態が描かれていると思うんですよ。だから仕事として、パーソナル・ショッパーを選ぶというのも理由がある。落ち着きたくない。だから、ちょっとした片手間仕事をしつつ、お兄さんのサインを待っている。双子というのは常にずっと一緒にいて、切っても切れない、分身みたいな関係ですから。そういう大事な人が亡くなった後です。彼女はずっと囚われていて、最後まで自分の陥っている状況に気づいていない。

内海:最後でもわかっていないと思います。それがずっと続くんですよ。

オライカート:彼女はサインを見つけたら、自分が陥っている状況から抜け出せると思っているので、それを願ってサインを捜し求めている。あのラストで、私は見つけたんだなと思いました。

内海:あれはさらなる迷宮への入り口じゃない?

オライカート:我に返っていませんか?

内海:返っていないと思いますよ。彼女は納得してなくて、今後もずっと探し続ける話だと思います。

オライカート:私はあれでいったん切れたと思いますが。

狂気と地獄に落ちていく

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内海:フランス映画を侮ったらいけません。映画も国民性がありましてね、フランス映画はそういうことはしませんよ。あのオチは、際限なく同じことが繰り返されるという話なんです。彼女はそんな簡単に納得しない。納得できないからずっと続けているわけだから。実際人が一人殺されても、そのことよりも、その犯人が自分をもてあそんでいる男だったとしても、ひたすらサインを求めている。そのこと自体が異常です。彼女は上の空です。そんな彼女が異国へ行って、ますます地獄に落ちていく。そういう話でしょ。さらに狂気におちていく。多重人格ものともいえるかもしれない。

オライカート:私はそうは思わない。ごく普通の女性が、近親者を失い、大事なものを失ったときの一時的な揺らぎを描いていると思うんですよ。

内海:まだ続くと思うなあ。

オライカート:そこは描かれていませんからね。

内海:その先を想像するのがわたしたちの仕事なのよ。アメリカ映画じゃないのよ。これこそカンヌ国際映画祭の監督賞たるゆえんだと思います。ヨーロッパ映画でフランス映画。しかも監督と女優の関係は、サディスティックとマゾヒティック。

オライカート:あんなふうに彼女の脱ぎ着を見せたいという監督の意図を感じますね。

内海:彼女は欲求不満でもあるでしょ。これは霊ではなく犯人だと思うんですけれど、携帯で彼女に誘いをかけてくる。

オライカート:誘われた先のことは描かれていない。

内海:あれはわざとね。お兄さんの霊とおぼしき目線が、ホテルの廊下とエレベーターのところで描かれますが、あそこはうまいと思いましたね。霊を容認するとして、お兄さんは妹にサインを送っても、妹はサインを受容する力が弱いんですよね。

オライカート:それこそ、普通水道から突然水が出たら、あれ? 壊れているんじゃないかって思うじゃないですか。それも1回じゃなく2回以上続く。でも彼女はそれをお兄さんのサインと受け取らないで、待ちの期間を続けたいというのがある。

内海:縛られているのよ。監督と女優、お兄さんと妹、縛られていたいのよ。緊縛的な衣装のシーンがありますが、あれに明らかです。彼女はずっと囚われていて、囚われていたいんですよ。わたしは「地獄の扉が開く」と言いましたが、彼女にとっては、それは快楽なのかもしれない。

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オライカート:ほのめかし術の映画ですね。あと、彼女を描きたいという。

内海:少し観客に対するサービス精神が足りないかな。殺人犯と思われる人物が出て行く次に、霊らしき存在がホテルを出て行くシーンがあります。あそこでももう少し観客を楽しませる何かが欲しいですよね。たとえばウディ・アレン監督だったら、同じ話でももっと引き付けるように描く。わたしもウディ・アレン監督が好きなのですが、彼は人間通だと思うんですよ。「俺はスケベなおじさんで、きれいなおねえちゃんが好きなんですよ」って感じを見せると、映画がもっと色っぽくなる。この監督は気取っているから、小癪な気がして、わたしの場合、突っ込みを入れたくなるんです。

内海陽子オライカート昌子

パーソナル・ショッパー 作品情報

監督:オリヴィエ・アサイヤス(『夏時間の庭』『アクトレス ~女たちの舞台~』)
出演:クリステン・スチュワート、ラース・アイディンガ―、シグリッド・ブアジズ
原題:Personal Shopper/2016年/フランス映画/英語・フランス語/1時間45分/シネマスコープ/カラー
/5.1ch
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
公式サイト:personalshopper-movie.com
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パーソナル・ショッパー あらすじ

忙しいセレブに代わり服やアクセサリーを買い付ける“パーソナル・ショッパー”としてパリで働くモウリーンは、数カ月前に最愛の双子の兄を亡くし、悲しみから立ち直れずにいた。なんとか前を向き歩いていこうとしているモウリーンに、ある日、携帯に奇妙なメッセージが届き始め、さらにある殺人事件へと発展する―。果たして、このメッセージは誰からの物なのか? そして、何を意味するのか?