映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、世界でも日本でも旋風を巻き起こしています。フレディ・マーキュリーを演じた、ラミ・マレックさん、ブライアン・メイ役を演じたグウィリム・リーさん、ジョン・ディーコン役を演じたジョセフ・マッゼロさんが来日。会見を行いました。その模様をレポートします。

日本はクイーンが何者かになれると気付いた重要な場所

見事な演技を見せてくれたラミ・マレックさんは、「僕たちはここ東京に来て、映画を祝うことができることを特別に誇りに思っています。クイーンは、特に日本の人々や文化に愛されたバンドですし、彼らのDNAにそれは入り込んでいるんです。家の中に日本のものがあるだけでなく、音楽にも日本文化があるんです。僕の大好きなフレディ・マーキュリーの写真に日本の豪華な着物の衣装を着たものがあります。映画に使った着物を、一つ持って帰って、今は僕の宝物にしています。クイーンやフレディは、50回日本で公演を行っています」

グウィリム・リーさんは「クイーンは、1975年に有名な武道館で公演をしましたが、そこで彼らは、自分たちは何者かになると気付いた、とても大事な瞬間だったのだと思います。僕にとっては日本に来ることはずっと夢でしたので、ここで映画を祝うことができるのは光栄で、本当なのか、ピンチでつねりたい気分です」

ジョセフ・マッゼロさんは、「映画の撮影初日に、みんなで話していたんです。プロモーションツアーで日本に行けるかもって、行けたら最高だよねって。本当に最初からそう言って撮影に臨んでいました。だから、ここへ来れたことは、夢が実現したようです。皆さんの温かさと、歓迎に謙虚な思いと喜びを感じています」と答えました。

撮影が終わった後もクイーン愛はつのるばかり

伝説的なバンド、クイーンのどういうところをリスペクトされていますかという質問に、ジョン・マッグロさんは「どこをリスペクトしていないかという質問のほうが、ずっと答えるのが簡単です。彼らの音楽は、時代やジャンル文化を超えて人々から愛されています。僕たち誰もがクイーンを聞きながら成長してきて影響を受けています。さらに演じてきたことで、クイーンーンの音楽の素晴らしさをさらに2倍,3倍、4倍ぐらい愛するようになってきました。

バンドメンバーのブライアン・メイさんとロジャー・テイラーさんにお会いしましたが、本当に彼らは僕らを支持し、励ましてくれて、最大限の応援をしてくれました。私たちが彼らを演じる価値がある人間だと思わせてくれました。そして私たちは彼らを演じ、彼らの遺産の一部を共有し、彼らの曲を学びながら、どういうように作られたのか、だれが作ったのか、どういう意味があるのか知ることができました。新たにクイーンの素晴らしさに気付いたわけです。撮影が終わった後も、クイーンの曲にうんざりするどころか、アメリカに帰った後もロードトリップで車で聞くのはクイーンだけ。カバーしなかった曲やライブで歌われた曲も仲間内でこれもいいよね、なんて話していて、さらにクイーン愛が深まっています」と答えました、

ラミ・マレックさんは「映画の中でボヘミアン・ラプソディーを作る過程をご覧になったと思うんですが、最初はこの曲は評論家からはこき下ろされました。それを見ても、いかに彼らが時代を先取りしていたか、革命的だったかわかると思います。だからこそ、2018年に、こうやって私たちが映画を作って、それが世界中のボックスオフィスをうならせています。それはもちろんクイーンが素晴らしいからです。僕たちの貢献度は低くて、クイーンのすばらしさのおかげだと思います。新しい世代にもクイーンというバンドのすばらしさを伝えることができて光栄に思っています。ベートーベンやガリレオなどもその当時は、あまりにも早すぎて受け入れられなかったけれど、非常に深いものを発見したり創作した人々がたくさんいると思いますが、彼らの遺産はずっと何百年も生き続けています。クイーンも同じと思います。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』で得ることができる解放感と自信をもっていいという気持ち

フレディの役を演じていた時、それから演じ終えたとき、すごく自由になった気分になりました。皆さん同じだと思うのですが、ステージに限らず人間としてあまり居心地よくないなと思っていたとしても、自由にできると思えるようになったんです。音楽にはそいう力があると思うんです。彼らは音楽、あるいは音楽に限らずあらゆるステレオタイプ、人間としてのステレオタイプを打ち破る力があると思います。一つのタイプに閉じ込めてしまうことを拒絶する力があるとおもいます。そういう意味では文化的にも彼らは先取りしていたんです。フレディもそうなんですがクイーンのメンバーも、ステージに立って自分のなりたいものになっている、一番リアルな自分になっている。それは見ている人も同じで、なりたい自分、リアルな自分になる自由を与えているのです。ある人物を演じて、音楽を聴いて、これほど解放感を味わったことはありません」

グウィリム・リーさん
さんは、「クイーンの音楽は何も恥じることなく、すべてのものを祝うエッセンスがあると思います。批評が何を言っても気にしない、他のバンドからクールだと思われていなくても気にしない、自分たちの才能を信じている。またリスクをとることを恐れない。そしてクイーンというのは、一つの形にカテゴライズされることを拒否しているんですね。私はこのスピリットをブライアン・メイを演じることで得て、私自身も自信が持てるようになりました。自分がなりたいものになっていいんだ、リスクをとっていいんだ、というように。ジョン・ディーコンが言っていたセリフなんですが、「クイーンというのは一つのことに縛られない」。それが象徴していると思うんです。そして観客もそういうことを感じられると思うんです。またこの映画の美しいところは、家族で見に行ける。親が子供を連れていけるところですね。親が自分が情熱をもって見て楽しんでいたクイーンの音楽というものをプライドと喜びをもって子どもに受け継ぐことができる子供もそれを喜んで受け取れることができる。それほど彼らの音楽というのは、シームレスに時代を超えて生き続けるからです。それが日本の方にも伝わるといいなと思います」

フレディ・マーキュリーは、誰かに手のひらで包んでほしい人間ではないかと思って演技に臨んだ

実在の人物を演じる難しさはありましたかという質問にグウィリム・リーさんは、「はい。ものすごい責任とプレッシャーを感じました。というのも、私の場合はブライアンなんですけど、ブライアンを裏切ってはいけないという点と、ファンを裏切ってはいけないという点です、それは今までにないぐらい頑張ろうというモチベーションにもなりました。、私のみならず皆さんたくさんもそうですが、やるべきタスクの量は膨大なものでした。ブライアン並みにギターを弾かなくてはならない事から始まって。同時に解放感を感じ、自由な気持ちにもなったのは、撮影の初期にブライアンやロジャーが来てくれて、完全に祝福してくれました。批判的な目を向けることはなく、完全にサポートしてくれて、愛情をもって接してくれたので、自分でやっていいんだという自信が持てました」と答えました。

ジョセフ・マッゼロさん
ラミ・マレックさんは、「最初にフレディ・マーキュリー役が決まったとき、どうやったらいいんだろう、どうやって演じることができるんだろうと思いました。脚本を開いて、22ページをみたときにフレディ・マーキュリーが、ピアノを上下逆にに弾くというのを見ました。どうやったらいいだろうって思いました。フレディという人は、何千人、何万人という人を手のひらで扱える人なんです。私にとっては超人的な人です。どうやって彼を、自分が演じることができる人間に引きずり降ろすことができるのだろう。何千人も手のひらの上で包み込み、踊らせることができるけれど、もしかしたら彼自身は、誰かに掌の上で包み込んで欲しいという人間だったのではないかというところに気が付きまして、そこからだったら、僕も彼とつながることができる、彼のことがわかるというところから始めました。

そして彼の人間的なところ、複雑さと、もがいているところから自分との共通点を見つけていったんです。自分のアイデンティティを探してもがいているところ、移民としても。僕も両親はエジプトから来た移民ですから。彼は18歳で初めてロンドンに来て、地味で謙虚なところがありました。ご両親は、彼がロックスターになる必要があるとは思っていなかった。むしろ法律家か医者になって欲しかった。僕の両親もエジプトからアメリカに来ました。そのときには、僕がフレディ・マーキュリーを演じて、東京で皆さんの前でバスの前で記者会見にでているなんて思いもしなかったでしょう。物事はなんだって可能なのです。全身全霊でやるべき仕事ですが、やり遂げることができることを知って、非常に希望を持たせていただきました。

ジョセフ・マッゼロさんは、「僕は、実在の人物を演じたことはあったんですが、これほどまでの有名人を演じたのは初めてです。とてつもない責任を感じましたし、それはご本人やご家族のみならず、世界中に大勢いらっしゃるクイーンのファンに対してもです。一つの例として、ジョンのパフォーマンスを研究している中で、ボヘミアンラプソディーの曲でベースを弾きながらジョンが踊っていたんですね。それを採用して、弾きながら動こうと思ったんです。そのシーンはトレイラーにも入っていて、ご覧になったファンの一人がSNSで「ジョンってあんな動きしたっけ?」と、投稿したんですね、そうしたら瞬時に10人ぐらいの人が、「モントリオール、1981年」と、返信しました。彼らは日時と動きを熟知しているわけなんです。その瞬間、僕は感じました。「ジョン・ディーコン」を演じるとは、こういうことなんだって思い知りました。心を配って準備をしなければならないかと。ファンがどれだけ彼を大切に思っているかということを。日々演じている中で、個人的に大変であっても、この人たちを演じるということでさらにエネルギーを費やして、最善を尽くさなければいけないと思いました」

自然発生的に動くフレディに近づくためにしたこと

ボヘミアン・ラプソディ映画記者会見はバスの前で行われた
フレディを演じることで一番参考になったのは?」という質問に「口ひげを付けたら完全でしたね」と笑いをとった後、ラミさんは「とても時間がかかると思いました。ほかの役だったら数週間で準備できるのですが。フレディだったら一年かかると思いました。そして残されたアーカイブを全て見ました。インタビュー、ラジオ、記事、コンサート、日本のファンが撮ったホームビデオを見ました。彼らがコンサートで撮った別バージョンの映像も。それでわかってきたのは、フレディ・マーキュリーは、とても自発的自然発生的に動く人だということです。それはステージだけでなく、プライベートでもそうです。だからこそ、彼から目が離せないという特別な人なんです。

だから僕は、彼の動きを追いかけるのではなく、フレディと同じくらい自然発生的に自発的に動くことを目指しました。振付師にはつかないで、ムーブメントのコーチについて、彼の動きを考えていきました。例えば、僕は彼の母親の話し方を勉強しました。それによって彼のアクセントがどこからきたのか学びました。彼の動きを知るために。彼が小さい時に見た、ボブ・フォッシーや、シンガーのライザ・ミネリなど、動きの影響を受けた人の映画やステージをたくさん見ました。

皆さんよくご存じの、ポスターにもなっているこぶしを上に向けるポーズですが、あれもいったいどこからきたのかと考えますと、彼は小さい時にボクシングをやっていたんですね。そのボクサーとしての動きが表れている。というように彼の今までのヘリテージややってきたことから、動きがどう変化していったかを理解しようとしました。その場で物まねをするのではなくフレディとしての動きの進化を理解しようとしました。毎日毎日勉強していました。私たち四人、プロとしてとても勤勉だったと思うんですけど、フレディという人間に対して裏切らないようにしよう、そして彼を讃えようという気持ちで、毎日精進しておりました。今回与えられた素晴らしい機会に私たちなりに立ち上がっていったつもりです。今まで僕たちがやってきたどんなことも超越するほど、願わくばクイーンという素晴らしいバンドに近づけるように努力しておりました。

付け加えると、いろいろな準備をしてきましたが、ある程度しか近づけないんです。素晴らしいメークアップアーティスト、コスチュームデザイナー、ライブエイドのステージを再現してくださった美術の方々など、才能ある個人の方々が集まって初めて伝説的なクイーンというバンドの素晴らしい物語を作り上げることができました。僕が映画作りで一番好きなのところは、才能ある個人の方々が集まって作り上げるところなんです。そしてプロデューサーのグレハム・キング、デニス・オサリバンがいなければ、このプロジェクトは発生しませんでしたし、たくさんのスタジオがパスしたなか、フォックスが手を挙げてくださったので今この映画が日の目を見ることができました。感謝します」と締めくくりました。

(取材/文 オライカート昌子

映画『ボヘミアン・ラプソディ』
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オフィシャル・サイト
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