血縁の絆というものが、いかに頼りなく、儚いものなのかは、折しも世間を騒がせた赤ん坊の取り違い事件でも然り。ならば、その血の繋がりがあっけなく否定されたとき、その関係性を繋ぎ留めるものは何なのだろう。

振り返れば私の2013年は、二者択一で割り切ることなどできない“絆”という不確かな実体を、自暴自棄に打ち捨てるのではなく、未来を生き抜く指針としてその手に掴もうともがく人々のひたむきさを映し撮った作品に素直に心揺さぶられた一年だったようだ。

『偽りなき者』では、幼女虐待という“恥ずべき”冤罪に孤立無援となり、心身ともに傷だらけとなった男を支えるのは、他ならぬ彼とは別居中の一人息子だった。父の疑惑を一顧だにせず、集団ヒステリーさながらな陰湿な悪意に対して、彼が無防備な牙を剥くのは父と子の本能ゆえだ。苦境に陥ってこそ浮かびあがる疎遠だった息子の無私の愛が、一点の疚しさのない男の澄み切った青い瞳を再び前へと向けさせる。ひりひりと肌に突き刺すような痛みに満ちたドラマを締めくくる、そんな毅然とした決意が、ひと筋の希望のように私の胸に穏やかに沁み渡った。

『君と歩く世界』では我が拳ひとつで世を渡り歩いてきた男が、その唯一無二の“商売道具”を氷に砕いて、水面に沈む幼き息子の生命を救出する。理屈ではなく、その痛打こそが彼の放埓な身体に父の自覚を体感させるのだ。これまで、父を乗り越えようともがく息子の激しい抗いを描き続けてきた監督ジャック・オディアールが、この作品で初めて立った父の視線は、彼もまた偉大なる映画人としての先達、“ミシェル・オディアールの息子”という呪縛から解き放たれた晴れやかな自立のようにも思え、私の感慨を深めた。

『よりよき人生』は厄介な“お荷物”にすぎなかった少年との疑似父子さながらのふれあいが、挫折にまみれた野心家の青年の誇りに、癒しとなって優しく寄り添う。少年の母を探す旅の軌跡で、彼らの自由闊達な丁々発止は、経済格差にあえぐフランスの若者の今を抉った監督セドリック・カーンの息づまる映像世界の絶妙な息抜きとなった。そのバランス感覚が、カーンの作家としての成熟だ。

『もうひとりの息子』は、アイデンティティの崩壊の危機に直面した息子たちが、過去を振り返るのではなく、自らの生きる道を未来へと模索する決意に、それまで彼らを育てあげた家族のかけがえのない愛情が明瞭に浮かびあがる。と同時に、連綿と続く民族紛争の現実に手をこまねくだけの男たちに対して、母性こそが和平への端緒を切り拓くという寓話性が新鮮だった。
対して、『嘆きのピエタ』ではその母性は、天涯孤独な冷血漢の理性に痛烈な揺さぶりをかける。あまりに深い愛情は、時に息子を、そして母さえも狂気に走らせる。近親相姦の境界線をたゆたうとスリリングな生と性のゆくえは、キム・ギドクの久々の本領発揮だ。
また、『いとしきエブリデイ』では父親不在のまま繰り返されるささやかな瞬間が積み重なり、やがてそれは取り戻せない時の重みとなることを、長男の成長を通してじわり浮かびあがらせる。そのデリケートなまでに繊細な眼差しはマイケル・ウィンターボトム監督の真髄、感嘆させられた。

そのほか、『トランス』は息もつかせぬ予想不可能なストーリーテリングと相俟ったダニー・ボイル監督の映像表現の大胆さ、多彩さを満喫し、『愛さえあれば』は“ツイてない”人生の岐路に迷う中年女性の人生を切り拓く、経験に裏打ちされたそのおおらかな人間性が、ソレントの海で眩く輝いた。『海と太陽』では夢見がちな少年が豊穣なる海の男となる覚悟を辿る初々しい気概に見惚れ、『天使の分け前』は“天性の才能”を磨き、権威の裏をかく青年の成長に注がれたケン・ローチの遊び心に快哉した。
そして、次点は『アンコール!!』。

10位 いとしきエブリデイ

(イギリス映画/マイケル・ウィンターボトム監督)

9位 より良き人生

(フランス映画/セドリック・カーン監督)

8位 天使の分け前

(イギリス=フランス=ベルギー=イタリア映画/ケン・ローチ監督)

7位 海と大陸

(イタリア=フランス映画/エマヌエーレ・クリアレーゼ監督)

6位 愛さえあれば

(デンマーク映画/スサンネ・ビア監督)
5位 嘆きのピエタ

(韓国映画/キム・ギドク監督)

4位 トランス

(イギリス=アメリカ映画/ダニー・ボイル監)

3位 もうひとりの息子

(フランス映画/ロレーヌ・レヴィ監督)

2位 君と歩く世界

(フランス=ベルギー映画/ジャック・オーディアール監督)

1位 偽りなき者

(デンマーク映画/トマス・ヴィンターベア監督)

(選/増田統)

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