『モヒカン故郷に帰る』映画レビュー

(C)2016「モヒカン故郷に帰る」製作委員会
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 ライブハウスのステージでモヒカン刈りの永吉(松田龍平)が一人前にシャウトした後の、楽屋話がおかしい。タイトルが出るのは彼の故郷の島が見えてからで、中学生のブラスバンドが矢沢永吉の曲をのどかに演奏するのを聴くころには、映画の心地よいリズムにすっかり乗せられている。

「YAZAWAは広島県民の必修科目ですっ」と唱えてブラスバンドを指導する永吉の父、治(柄本明)は長年のYAZAWAファンで、永吉が妊娠した恋人、由佳(前田敦子)を連れて帰ってきたので狂喜。大宴会が終わった夜、倒れた治は病院で末期がんと診断されるが、沈痛になるはずの場面がそうはならない。

 チ~ン、チンチ~ン。隣のベッドの声の出ない患者が、YES、NOの合図に鳴らすカネが、「おれはがんか」「がんでないか」と息子たちに問う治に絶妙の間合いで返答する。過剰な説明を省いた展開が、上質なユーモアを生む。

 死期が迫っているにもかかわらず、治は常に変わらずアクティブなYAZAWAファンだ。柄本明は、見果てぬ夢を追う男の稚気を、誇張された動きを交えて愛らしく演じる。彼の妻、春子(もたいまさこ)は広島カープのファンで、大人になれない夫と、自立できない息子二人を持つ女の諦観を明るく力強く演じる。

(C)2016「モヒカン故郷に帰る」製作委員会
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 彼女は何度か涙をこぼすのだが、どのシーンにも工夫がある。たとえばいったん東京に帰ることになった永吉と由佳が舞い戻った際、春子は夕食をとりながらテレビを見ており、カープの選手、菊池が勝利の一打を決める。そのとき、春子はソファに座った永吉に背後から抱きついて泣くが、それはカープの勝利がうれしいのか、息子たちが舞い戻ったことがうれしいのかはっきりしない。息子たちが戻ったことがうれしいのに決まっていると思うが、はっきりさせないところになんともいえない情緒があり、スリルがある。

 ある家族にとって、その父親が死期を迎えるということは、人生において二度とないスリルとサスペンスに満ちた事件である。永吉は父と二人で先祖の墓参りに行き、涙をぬぐう。一家で海辺へピクニックに行き、記憶がちぐはぐになった父の語らいに静かに泣く。しかし場面が変われば、父の見舞いに来たYAZAWAになりすまして、父を励まし感激させる。松田龍平のおよび腰の演技はたくまざるユーモアを伴い、平凡な家族をサスペンスあふれる特別な家族にする。

  奮闘の末に父を看取った永吉は、父譲りの稚気を失わずに生きて行くだろう。「はたらけ~!」。船に乗って港を出ていく息子たちに春子は一声叫ぶ。たとえ涙をこぼしても泣き言は言わない春子はハードボイルドな女である。彼女に料理を習った由佳は、満ち足りた表情でおなかの子をなでる。大きな子供のような男たちの幸せを守るのは女である。その誇りが静かにあふれ出て美しい。
                                 (内海陽子)

モヒカン故郷に帰る

2016年 日本映画/ドラマ/コメディ/125分/監督:沖田修一()/出演・キャスト: 松田龍平(田村永吉)、柄本明(田村治)、前田敦子(会沢由佳)、もたいまさこ(田村春子)、千葉雄大、木場勝己、美保純、他/配給:東京テアトル
2016年4月9日
オフィシャル・サイト
http://mohican-movie.jp/