『私は、マリア・カラス』の映画レビュー(感想)、あらすじ、みどころです。

映画『私は、マリア・カラス』の映画レビュー

 伝説の歌姫マリア・カラスの生涯を、没後40年にして存在が明らかになった未完の自叙伝に取材して描いたドキュメンタリー。

 冒頭、1970年に行われたカラスのインタビュー映像が映る。そこで、カラスは、”マリアとカラスという二人の私がいて、マリアとして生きるにはカラスの名が重すぎるの”と語る。この言葉こそ、本作のトーンを決定づける重要なキーワードであろう。

 マリア・カラスには、名指揮者トゥリオ・セラフィンが、契約の関係で自身が出演できないため、当時新進だったアントニエッタ・ステッラを起用して「椿姫」の録音を行い、そのために恩師であった彼との仲が険悪となった等、雌虎と異名をとるに相応しい数々のエピソードがある。だが、ここにあるのは、周囲の人々に利用・翻弄されながら、オペラ歌手として、人間として自分に正直に生きてきた一人の女性の姿だ。

 ニューヨークからギリシャに移住し、アテネ音楽院に年齢を偽って入学。朝は一番乗りで帰るのは最後だったという努力に明け暮れた学生時代。ミラノ、ニューヨーク、パリ、デビュー以来、世界中で喝采を浴び、楽壇最高のプリマドンナに上り詰めた栄光の日々…。だが、その背後には、「幸せな家庭を築いて子供を産みたかった」という一人の女としての思いがあった。最初は母、次は夫に、歌うことを強いられ続けたカラス。彼女の中にあった音楽への強い愛、”演技力のないオペラ歌手なんて問題外よ”と語る妥協のない厳しさ。音楽への真摯な思いを利用され続けたカラスの悲劇が、くっきりと浮かび上がる。

 そして、1958年1月2日、大統領も臨席するローマ歌劇場での「ノルマ」の公演を、体調不良により一幕だけで降板し、大パッシングを受ける。さらに、メトロポリタン歌劇場を、支配人としての諍いにより、出場停止になるスキャンダルにまみれた日々。これも、完璧を目指す芸術家としての誇り、音楽への愛ゆえだと、彼女自身の言葉が納得させてくれる。

 そんな時に出会ったギリシャの海運王オナシスとの幸福な愛の日々。彼との思いがけない破局。イタリアの異才ピエロ・パオロ・パゾリーニ監督の「王女メディア」での衝撃的な映画デビュー…。

 監督のトム・ヴォルフは、カラスの未発表の自叙伝を起点に、3年かけて世界を回り、カラスの友人たちを探し出し、400通を超える手紙や多くの資料を目にした。だが、あえて、カラスの言葉だけで映画を進行させ、ほかならぬカラス自身の観た真実を描き出した。それゆえか、やや視点の偏りを感じさせなくもないが、8ミリや16ミリに収められたプライベート・フィルム、個人的な写真や、カットされた、あるいは放送当時以来、眠っていたインタビュー等の貴重な音声・映像をふんだんに使用し、伝説の奥にある人間・カラスの実像に迫った労作となっている。

 また、音楽ファンにとっては、熱狂的なファンが無許可で撮影したパフォーマンスの数々、「ノルマ」「カルメン」「トスカ」、さらには映画「眺めのいい部屋」で使用され、一躍有名曲となった「私のお父さん」(プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」より)等をカラスが熱唱する貴重な映像を堪能できるお宝感たっぷりの作品である。

(渡辺稔之)

『私は、マリア・カラス』作品情報

(c) 2017 – Elephant Doc – Petit Dragon – Unbeldi Productions – France 3 Cinema
原題:MARIA BY CALLAS
2017年 フランス映画 カラー 113分
製作・監督トム・ヴォルフ
編集ジャニス・ジョーンズ 
出演マリア・カラス、グレース・ケリー、イヴ・サン=ローラン 、アリストテレス・オナシス、ファニー・アルダン(朗読)
配給:ギャガ
12月21日よりTOHOシネマズシャンテ、BUNKAMURAル・シネマ他にて公開