『後妻業の女』映画対談

8月27日より『後妻業の女』が公開となりました。大竹しのぶが後妻業の女を演じる本作について、オライカート昌子と内海陽子が対談をおこないました。

『後妻業の女』とは
直木賞作家・黒川博行氏の原作を、名匠・鶴橋康夫監督が映画化。主人公・小夜子を大竹しのぶが、結婚相談所所長・柏木を豊川悦司が演じる。その他豪華キャストが映画を彩る。資産家の高齢男性を狙った“犯罪”を繰り返していく二人を待ち構えているものは何か。

ハードボイルドタッチの原作を明るく弾んだ映画に

(c)2016「後妻業の女」製作委員会
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オライカート:『後妻業の女』は、出演陣が豪華で驚きました。東宝の映画は、集める力というかお金をかけていることに、何か違いがあるのでしょうか。

内海:お金もさることながら、監督が今まで培ってきたネットワークや、彼に対する尊敬など、そういう力が大きく働いていると思います。先輩の評論家で、鶴橋康夫監督をとても買っている人がいまして、名前はよく知っていました。これまでの映画二作品は、『愛の流刑地』(07)と『源氏物語-千年の謎-』(11)ですが、あまりピンときませんでした。今回の『後妻業の女』を見て、監督はこういうものを作りたい人で、こういうものを作るんだ、ようやく作れたんだ、ということを感じました。拍手したくなりましたね。

原作も十分面白いものなのですが、結構ハードボイルドタッチで事実を積み上げていく書き方で、陰惨な話になりかねないところがありました。映画は、原作にほぼ忠実に作り上げながら、あそこまで遊んで大丈夫かしらというくらい、明るく弾んだ作品となっています。脚本も監督が手がけているということで、これがデビュー作だったらよかったのにと思うくらい、素晴らしいものでした。

力技で読後感さわやかなピカレスクロマンに

(c)2016「後妻業の女」製作委員会
(c)2016「後妻業の女」製作委員会

オライカート:人間の多面性が描かれている。奥行きが描かれていると思いました。二人に騙される方々も、被害者で、加害者にはならないけれど、善人というよりは、人間臭い。そして、主人公の小夜子や、結婚相談所所長の柏木も、かなりあくどいことをしています。それなのに映画の終わり方は、さわやかでしたね。

内海:完成披露のときに、豊川悦司が「ピカレスクロマンです」と言っているのを知ったのですが、それを知った瞬間、そんなピカレスクロマンしていいのだろうか、と思いました。ピカレスクロマンは、訳すと悪漢小説とかいう意味ですが、諧謔や風刺がこめられたものというニュアンスがあるようです。そういう意味では、『後妻業の女』はまさしくピカレスクロマンであるし、艶笑譚でもありますね。

誰も殺していなかったらピカレスクロマンで、スカッと気持ちがいいんですが、手をかけているところが、ちょっと引っかかります。そこは力技でピカレスクロマンにもっていったところが監督の英断だし、監督ご自身が70代で、被害者になる男性たちと世代が近いだけに、なんだかかっこいいなあと思います。

40代50代の若手がこういう作品を作ると、イヤミがあって残酷な感じになりますが。老いるということの滑稽味、そこに目をつける悪党たち、という展開が堂々としていて面白い。いざというとき、女はしぶといという意味でも。悪賢い女が本気だすと凄いわねという感じで圧倒されますね。

小夜子は血も涙もない女だからこそ恥じらいや乙女チックを演じることができる

(c)2016「後妻業の女」製作委員会
(c)2016「後妻業の女」製作委員会

オライカート:大竹しのぶさんでもっている映画だと思うのですが、他の人たちは奥行きがあるのに、大竹しのぶさん演じる小夜子は、わたしはよくわからなかった。わざとわからなく描いているように思いましたね。

内海:リアリズムではないのです、悪漢もの。悪人として描いているのね。原作では彼女は風俗嬢出身ですが、映画は明らかにしていません。そこがいいと思いました。風俗嬢出身だからこうなった、という風に描かれていないところが。

小夜子は、本当に血も涙もない女なんだと思います。そういう女はいるんだと思う。普通の人の情とか恥じらいとかがない。だからこそ、情け深い女とか、乙女チックな女とか、恥じらいを演じるられるわけ。そして人を陥れ、その人から財産を奪っても、これっぽっちも心が痛まない。いるのよきっと。現実にもそういう事件がありましたものね。

まるで原作者が予言したかのような強烈な事件が起こります。関西で起きた「筧千佐子」の事件です。事実は小説より奇なりといいますが、そういう人のことをロマンチックに人間的に描こうと言うのは不可能でしょう。

私たちには理解のほかですが、そういう人のことをピカレスクロマンとして笑えて、なんとなく面白かったね、怖いね、というように軽く受け止められる物語にするということはけっこう難しいことです。それをうまく作り上げています、鶴橋康夫監督のこだわりと力技で。エネルギッシュな映画になったことを喜びたいと言う気持ちがありますね。

オライカート:見たあとの読後感がいいですよね。あんな女の人を描いているのに。映画後半で描かれるスーツケース事件のせいもあると思う。あそこで彼女は禊(みそぎ)をしたとも思う。彼女は悪人で、しかも相当のどす黒い悪なのに、見た感じは小悪党にしか見えない。それは鶴橋監督の技かもしれないし、大竹しのぶの演技かもしれない。

ちょっと幕末の歌舞伎脚本家、河竹黙阿弥作品の小悪党ワールドを思い浮かべました。小悪党が活躍し、世の人たちは喝采するような。

あえて綺麗さを封じた豊川悦司がずるい男を見事に演じている

(c)2016「後妻業の女」製作委員会
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内海:大竹しのぶという人はカマトト的なところがあって、あんまり好きなほうではなかったのですが、この作品では、感じの悪いところとか、はぐらかし方とか、ものすごく面白い。現実にああいう人がいてもあんなふうには見えないはずですが、彼女はそういう女を存在させてしまうのね。

大竹しのぶが演じると、コケテッシュで、ぶりっ子で、なおかつ、ものすごく意地悪で疑り深くてしかも酷薄な女になる、立体的なワルですよね。それを楽しそうに演じている。ベッドシーンもあるし。

それから豊川悦司ありきだとも思います。彼の場合は悪役という以上に、嫌な顔をいっぱい見せているじゃないですか。彼は大阪出身と言うこともあり、あの役を大阪弁で演じると言うことで張り切って、ノリノリだったんじゃないかと思います。

やっぱり役者さんというのは、自分が綺麗に見えるやり方を十分知っていると思うのですが、彼はそれを封じ込んで、カッコつけている、ずるい男の、愚劣なところを本当にうまく見せましたよね。そこはもう拍手です。

オライカート:見ごたえのある演技でした。

内海:大竹しのぶは、むろん上手なのですが、豊川悦司のほうは、役柄の小夜子をちゃんと立てるため、こすっからい結婚相談所の所長になりきらなければならない。それを覚悟して嬉々としてやっている。主演格という見方もあると思いますが、私はほめ言葉として立派な助演だと思います。

それを彼がしっかりわかっているので、大竹しのぶが引き立つんです。競ってないんです。ああいう風にフォローすることによって、大竹しのぶ演じる女が魅力的に見えてくる。何人もの男が引っかかるのは当然だろうと思えてくる。映画の場合は、絵的に見せる必要がある。そういう意味で豊川悦司の働きは大きかったのではないかしら。

オライカート:最初のシーンも最後のシーンも豊川悦司演じる柏木の小夜子に対するコメントです。どうでもいい女たちと付き合っているけれど、本当は彼も小夜子に惚れていたんでしょうね。

内海:当然ですよ。続編はない方がいいと思うけれど大ヒットして万が一作られるとしたらその辺のところも見たいですね。そういう山っけも含めて、こういう映画はあまりないので、応援したいと思います。

オライカート:同感です。

思い通りに作れないのが映画だが、今回は成功している

(c)2016「後妻業の女」製作委員会
(c)2016「後妻業の女」製作委員会

内海:古きよき日本映画の伝統として、昔はこういう小品(小品だと思うのです。大作じゃないでしょ)が、いっぱいあったと思うんです。小悪党の駆け引きを描くような、お金や色恋などのネタが詰め込まれた小品がたくさんあったのに、最近は大甘のラブロマンスとか、漫画の原作やアニメの映画化など、マーケティングが先行しているでしょう?

『後妻業の女』は、そういう発想じゃないと思う。だから大人のピカレスクロマンなのよ。大人の。それが本当に嬉しいのです。若い人にはわからないかもしれない。「バカなおばさんだな。そんなことして何が面白いんだろう」なんて思う人もいると思う。そんな人は放っておけばいい。映画が相手にしていないのよ。

オライカート:小夜子の後妻業の餌食になった人々の家族も、後半大きな役割があります。彼らが、ただの犠牲者ではなく、加害者にも見えてくるのは、映画マジックでしょうか。そのあたりは、映画のイメージ的にはあまり強調されていませんが、若い人もきっと楽しめるはずなんですけどね。

内海:そういう意味でプロジェクトの進行は厳しかったと思う。大竹しのぶははまり役ですから当然でしょうが、マーケティング的に考えたとき、豊川悦司もポイントでしょ、お客を呼べるかどうか。その彼があの演技ですよ。ファンのお客さんが喜ぶような演技ではない。そういう意味で、メジャーの作品にぎりぎり食い込んではいますが、魂はインディペンデントというか、面白いものを作るぞ、人がやってないものを作るぞという感じで、胸を打たれますね。

失敗したら大変じゃないですか。思惑通りには作れないのが映画ですから。私たちは好き勝手に出来がいい、悪い、おもしろい、おもしろくないって言っていますが、誰だって面白く造ろうと思っているわけですよ。でもそれがなかなかうまくいかないことが多い。今回は面白いだけでなく、成功していると思う。そこが素敵だな、と喜びたいです。

内海陽子オライカート昌子

後妻業の女
2016年8月27日、全国東宝系にてロードショー
公式サイト http://www.gosaigyo.com/

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