(C)㈱パイオニア映画シネマデスク
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少年たちは国境を越えて、どこへ向かおうというのか。彼らの幼い戯れのような逃避行は、今にも崩れ落ちそうな危ういバランスの上に成立している。

逃亡中の貨物列車の荷台で、ヴァーシャとリャパは温もりに満ちた部屋の中で赤ん坊をあやす母親を窓越しに凝視する。当初、その光景をフンと鼻で笑う態度を取るヴァーリャだったが、やがて彼は膝の上で熟睡する弟ペチャの頬にキスの雨を降らせる。まるでそれは本能的な動物の愛情表現のようだ。大人びて強がってみせても、彼らはまだ甘えた盛りの子供だ。しかし、彼らは親の愛を知らない。

出逢う大人の男たちに、ペチャが「おじさん」と人懐っこい微笑みを向けるのも、どこかに父親の面影を求めているからかもしれない。彼らが逃げ込んだポーランドの警察官にペチャはねだる。「抱っこして」。しかし、彼は抱いたペチャを一瞬にして突き放す。長年の浮浪者生活で、悪臭がペチャの身体の芯まで染みついていたからだ。

道中、彼らが立ち寄る“農場”の持ち主はリャパの祖父らしいが、孫と暮らしたいという彼の願いとは裏腹に、リャパはそこに身を寄せるつもりはさらさらなさそうだ。どうして、そこまでして国境を越えたいのか。リャパは鼻高々に語る。「金持ちになって帰ってくるんだ」。夢だけは大きい彼らに、しかしそれを実現させるだけの手立てはない。
監督のドロタ・ケンジェジャフスカはそんな彼ら浮浪児たちに、一切の同情や憐みを注がない。むしろ、夜の闇をひた走る貨物列車の荷台を包むテントが剥ぎ取られるや、一点の曇りもない青空が少年たちの頭上に広がるダイナミックな演出からは、3人が何ものにも囚われない自由を無邪気に謳歌していることを晴れやかに示唆する。

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兄たちにせっつかれ、やむを得ず“物乞い”するペチャは、露店の中年女に邪険に追い払われても、その天使のような笑顔で「こんな美人見たことない」と見え透いたお世辞を弄し、いかめしい彼女の表情を崩させると同時に、ちゃっかり食べ物をせしめるだけの世渡りのしたたかさを持ち併せている。彼らにはそうやすやすと社会の荒波にのみ込まれないだけの逞しい生命力がある。

たしかに、彼らには親はいない。しかし、誰もその仲を裂くことのできない友や兄弟は存在する。手加減を知らない彼らは、少年らしくふざけて取っ組みあいの喧嘩もすれば、じゃれて殴りあったりもする。その初々しい純粋さが、眩しくさえある。ペチャは「ヴァーリャ!」と叫んで兄の背中をひたすら追いかけ、ヴァーリャはペチャを置いて行こうと言うリャパに血相を変えて喰ってかかる。「バカなことを言うな」

リャパの祖父の農場で、兄たちから置いてきぼりにされそうになったペチャが懸命にトラックを追いかけ、ようやく運転手に担ぎ乗せられたペチャの背中で、荷台に開けられていた穴が埋まる。まるで3人でいると心の虚ろは満たされると言いたいかのような心憎い演出に、私の胸はときめく。「置いていこうとした」とすねるペチャに、ヴァーリャは笑う。「車を止めてと頼んだのは、俺だぜ」

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逃避行の最中、新婚カップルを祝うパレードを通せんぼした3人は、列席者たちに「幸せのおすそ分けは?」とねだる。ヴァーリャとリャパは大胆にウォッカをあおり、ペチャは花嫁からルーブル硬貨を貰う。「僕も幸せになれる?」。そのとき、幸福の絶頂のはずの花嫁は、堪え切れず涙を流す。

冗談にも、彼らのその日暮らしの危うさが透けて見える。ケンジェジャフスカは、ふざけあう少年たちを盛り上げるようなマーチ風の音楽で満たされた銀幕の喧噪を、時に一瞬の静寂に呑み込ませる。その落差の余韻が、明るさと背中合わせの彼らの哀しみのように、私の胸の深いところで響く。

命からがら鉄条網を潜り抜け、国境を越えた3人と対峙したポーランドの警官は、自ら“亡命”と主張しなければ彼らを収容できない現実に、ただ手をこまねいて顔をしかめるだけだ。彼の秘書は仕事そっちのけで恋にうつつをぬかす、まさに社会主義の官僚主義を体現し、少年たちの護送を担った兵士は少年たちにこう言い放つ。「お前の居場所はないんだよ」

ケンジェジャフスカは、05年の『僕のいない場所』も然り、つねに行き場の失くした子供たちの在るべき場所を叫び続ける。『木洩れ日の家で』(07)で老夫人の寂れた広大な屋敷を埋め尽くすのも、居場所を失くした子供たちだった。

ペチャはポーランドの空を往く渡り鳥を眺めながら、無邪気にこう言う。「どこも空は同じだね」。渡り鳥は国境のない空を、自らの羽根を羽ばたかせて、どこまでも自由に翔んでゆく。

市場で、檻に閉じ込められた子犬を抱きしめ、眼を輝かせるペチャは、主人から「お金がないならあげるよ」と言われ、しかし一瞬の躊躇の後、「いらない、可愛くないもん」と答える。檻の中で弱々しく助けを求めるだけの犬にはならないという意志の無意識の表れだったのかもしれない。

浮浪児たちにつけ入る隙を与えない現実の厳しさに、幾度となく跳ね返されようと、彼らは諦めることなく、これからも国境を越えてゆくのだろう。未知なるものに託した夢と憧れは、家のない子供たちにとっての儚い希望となるからだ。  (増田 統)

明日の空の向こうに
2013年1月26日より、新宿シネマカリテほか全国順次公開
明日の空の向こうに オフィシャルサイト