『ルーム』映画レビュー

©ElementPictures/RoomProduction/ChannelFourTelevisionCorporation2015
©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015
 大自然でのサバイバルはまずその地へ向かう必要があり、苦しみを想像する上でだいぶ距離を保てる。だが小さな部屋でのサバイバルは、ある日突然、誰の身にも起こりうるもので、想像させる力は数百倍にもなる。“脱出もの”というジャンルだと思い、いくらかラフな気分で見始めると、監禁中に息子を出産した若い女性のサバイバルの異常さと悲惨さに胸をつかまれる。

 17歳で誘拐、監禁され、妊娠、出産したジョイ(ブリー・ラーソン)は気丈に息子・ジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)を育て、彼は5歳の誕生日を迎えた。世界は部屋の中だけで、母の教えとテレビの情報で育った息子に、どうか死んだふりをして外の世界に逃げ出し、自分を救出してくれと母は頼む。これほど手に汗握る脱出シーンも久しぶりで、死体として外に運び出された息子の安否を気づかう母の胸のうちを思うと、吐き気に似たものがこみ上げる。

 脱出劇は意外にも速やかに終わり、ジョイは納屋から救出される。初めて外界に触れたジャックが環境になじめるかどうかがまずは肝腎だ。だが彼が順応するとともに、ジョイは心身をすり減らしていく。実の父(ウィリアム・H・メイシー)は、孫・ジャックが犯人の子であることに耐えきれずに去る。メディアのインタビューを受けると「死ぬ気で逃げようとは思わなかったか」「生まれた子を捨て子にして助ける気はなかったか」という無慈悲な問いを浴びせられる。

©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015
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 部屋の中にいるとき、ジャックはママに“ぬけがらの日”がやってくると語った。ジャックを育て、彼を脱出させることを生きがいに、日々、心を奮い立たせて過ごしていても、ジョイはときどき折れたのだ。そのことを未体験者にどうやって理解させられるだろう。安全で快適なはずの現実に戻ってから、ジョイに本当の“ぬけがらの日”がやってくる。彼女は自殺をはかる。

 世の中は安全で快適なように見えてときとして酷薄である。ジャックは部屋に帰りたいと口走る。逃げ出した場所を恋しく思うとはなんという皮肉なことだろう。ジャックにとって部屋は、母が母らしく健闘し、ときどき“ぬけがら”になる日があっても、自分をしっかり守りぬいてくれた安全な場所だったのだ。やがて少し心を立て直したジョイはジャックと一緒に部屋を訪ねる。

  おぞましくも懐かしい部屋を検分し、いくらか思い出に浸ったのち「部屋にバイバイしよう」とジャックはジョイに言う。この賢明さはジョイのものであり、彼女がジャックに教え込んだもののはずだ。しかしそれ以上に、健康な子どもの持つ生命力、前に進もうとする強さだと思うとき、母と子にとってだけではない、限りない希望が生まれる。興味本位で見始めたことを恥じ、わたしは深い敬意をこめて母子を見送る。心が折れそうになったら必ず思い出すと約束しながら。
                               (内海陽子)

ルーム
4月8日(金) TOHOシネマズ 新宿、TOHOシネマズシャンテ他 全国順次ロードショー
公式サイト http://gaga.ne.jp/room/