アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場

アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場
©eOne Films (EITS) Limited
現代に行われている戦争の実態を描く衝撃的なサスペンス『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』が公開となります。本作について、中野豊、オライカート昌子、内海陽子の3人で鼎談を行いました。

『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』とは

『ツォツィ』(2005)でアカデミー外国語映画賞を受賞し、『ウルヴァリン:X-MEN ZERO 』(2009)などを手がけたギャヴィン・フッド監督作品。『クイーン』(2006)でアカデミー主演女優賞を受賞したヘレン・ミレンが、強烈な正義感を持った指揮官、 キャサリン・パウエル大佐を圧倒的な存在感で演じる。またこの作品が遺作となった、アラン・リックマンが中将を演じ、TVシリーズ『ブレイキング・バッド』で三度のエミー賞を受賞したアーロン・ポールが、若きドローンパイロットを演じている。

『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』あらすじ

英米合同作戦で、ドローンを指揮するキャサリン・パウエル大佐は、空からの目によって、ナイロビの隠れ家に凶悪なテロリストが集結しているのを知る。大規模なテロ攻撃が、今にも行われようとしている。パウエル大佐は、テロリスト殺害を命令。しかし、隠れ家の近くに少女が現れたことで、状況が変化する。少女を犠牲にするべきなのか、テロを未然に防ぐのか。軍人や政治家の間で議論が起こるが、パウエル中佐の決断は大きな衝撃を呼ぶ。

苦味の効いた心理戦

アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場の画像
©eOne Films (EITS) Limited

中野: 『ドローン・オブ・ウォー』(2014)を思い出しますね。

内海:同じ題材のように見えて、角度がだいぶ違いますね。

オライカート:実話を基にした作品とフィクションの違いもありますね。

内海:イギリス製作だから苦味が効いている。舞台劇のようなシチュエーションドラマになっていますね。窮屈な思いをするかと思いきや、ものすごくハラハラさせられた。うまいなあと思いました。

中野:心理戦がよかったですね。

内海:軍人サイドの役者さんの二人、ヘレン・ミレンとアラン・リックマンが二人ともいい役者さんなので、そっちに気持ちが入っちゃいました。たまりませんよね。

オライカート:わたしは、ドローンパイロット役のアーロン・ポールが気になりました。

内海:『ドローン・オブ・ウォー』(2014)で言えば、悩める軍人ですね。あちらはベテランですが、こちらは初仕事。

オライカート:『ドローン・オブ・ウォー』(2014)の舞台は、2010年、ドローンを一番攻撃に使っていた時期でした。『アイ・イン・ザ・スカイ』は、それが少し収まって、戦略的にもっと使い方がうまくなっている時代だと思います。システマチックになっている。『ドローン・オブ・ウォー(2014)』は、現場もガチャガチャしていて、突然CIAが入ってきて、どんどん殺せみたいな。

中野:『ドローン・オブ・ウォー(2014)』は技術者を描いていて、判断を下す人はあまり描かれていません。『アイ・イン・ザ・スカイ』は、判断を下す側の心理戦になっている。だから面白いんですよね。ドローンを飛ばす人は、ただ命令を受けてゲームのように行動を起こすだけですからね。

内海:「踊る大捜査線」じゃないけど、「事件は現場で起きているんだ」ということですよね。

中野:そういう話でもありますね。

内海:ヒューマニズム派と戦闘派で会議をやっている。それから現場ですね。テロが本当に起きたら一番恐ろしいのは何か、それを知っている人と、いたいけな少女の命を守らなければと思う、ワンポイントヒューマニズム側との闘いですから。

中野:難しいですよね、これは。

落ちたパンを売ろうとする少女

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内海:とても意地悪な展開ですよね。不謹慎だけど、結構笑っちゃうような。アラン・リックマンの対応がおかしいですよね。あの人がキーマンかなって思います。

オライカート:狂言回し的でもありますよね。

内海:彼の心理が最終的に明らかになりますよね。難しいですよね、永遠のテーマですよね。

中野:見ているとイギリスとアメリカの対応の違いも感じますね。

オライカート:舞台は、ケニアだからアメリカとイギリスの同盟国?

内海:友好国ですね。同盟国になる力はないからかしら。

中野;日本で見ていると本当に日本はいいところだと思います。他の国は大変なんだなって、映画を見て改めて思いますね。

内海:あの少女ですが、覗き見をしている工作員が助けようとするのに、地面に落ちたパンを売ろうとする。また売るなよ、と思いますよ。貧しいからしょうがないとは思いますが、あなたの強欲がこういうことを招いているのよ、っていう視点もないわけではないです。汚れてしまったものでも、また売る。安くするわけでもない。

オライカート:親に言われたとおりにやっているんだと思いますね。

内海:でも、汚れちゃっているんですよ。彼女を家に帰すために買い上げた工作員の正体がばれ、追われて必死に逃げた。でもそれには無関心。一度売れたものでも、また売る。この描写には何らかの意図があると思いますね。

オライカート:ギャヴィン・フッド監督は南アフリカ出身です。中野さんがお好きな『ツォツィ』の監督でもあります。自分が肌で知っている現実を描いているのではないかと思います。聞いてきた話ではなく、実際に知っていることを描いているから納得させる力があると思います。

内海:昌子さんと初対面のころ、湾岸戦争のときにご家族でパレスチナに住んでいて、日本に来た理由が、子供たちが銃で遊んだり、戦争に慣れてしまうのが怖いっておっしゃっていたのが強烈な印象でした。

オライカート:通りの角には戦車がいて、夜になると外出禁止令。外へは行くけれど隠れて行って、みんなつかまることもあるのを覚悟していましたね。

中野:知り合って十年ですが、そんな話を聞くのは初めてですね。

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オライカート:映画の話しかしないですからね。

中野:戦争がすぐ隣で起きている状況って想像つかないですね。

内海:昌子さんがおっしゃったように、慣れちゃうんでは?

オライカート:そうなんです。慣れちゃうんです。

内海:日常で危機感を感じて生きていると、神経症などは治ってしまって、ある種健康になるとも聞いたことがありますね。

オライカート:一日一日生きていくことが奇跡なわけですから。いつ死ぬかわからないということです。

内海:開き直りで、明るくなるって言いますね。そういういろいろな経験をしてきたのに、日本に帰って一番大変だったのは「小学校のPTAだった」って昌子さんに聞いたときは笑っちゃいました。その落差に。

オライカート:人って暇だと、ろくなことを考えないんだなって思いました。他人の足を引っ張ることしか考えない人もいる。会社社会なども同じだと思うんですよ。平和はいいことですが、どこか腐るのかもしれませんね。

内海:ネットなどでもそうですよね。小人閑居して不善を為すということですね。優れた人は平和でも平和でなくてもいつもきちっとした哲学の上で、善意を元に生きているのかもしれませんが、普通の人間は、余裕があると残念ながら悪いことを考えてしまう。人の不幸を願ったり、人の成功を妬んだり。

中野:そう、妬みはありますね。平和だとね。

内海:戦時下にいると余裕がないっていうだけのことかもしれませんけど。

オライカート:そうですね。なにをするべきかということを常に考えていないといけないですからね。それこそ、ゾンビに襲われている人たちみたいにね。

中野:表現が面白いですね。

オライカート:ゾンビが流行っているじゃないですか。

内海:みんなそういう危機を求めているのね。

オライカート:頭の中だけでも危機を感じたいということですね。

孤独を引き受けられるということ

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ところでヘレン・ミレンですが、クイーン以来の代表作だと思います。もし、この役をメリル・ストリープが演じたら、どうだったでしょうか。あるいは、ジュディ・リンチだったら。エマ・トンプソンだったら。違うんですよね。

中野:違うんですよね。

オライカート:ヘレン・ミレンって、無色というか、今まで演じた役を引きずっていないから、本当にまっさらな感じで、この中佐になりきっていても、嫌らしさがないんです。テーマがまっすぐに入ってくるんです。

内海:彼女はセンチメンタルが似合わないのよ。センチメンタリズムを拒否できる強さを持っている。そこがかっこいい。ジュディ・デンチは非常に温かみがあるでしょ。情が感じられる、つまりハードボイルド。ヘレン・ミレンはプロの冷酷さをちゃんとまとえる。でもエレガントなのよね。

オライカート:そのとおりですね。

内海:たぶん軍人になった女ってそうだと思う。軍人として生きるということって、女の優しさとか、いたいけな少女を守らなければなんていう考えを持つことはダメなのよね。

中野:そういう意味では『クイーン』(2006)とも通じていますね。

内海:そういうことですね。孤独を引き受けられる。

中野:その言葉だ。孤独を引き受けられる。

オライカート:だから決断を下せるということですね。

内海:私に権力があれば、責任取れるわ、ということ。だから男たちがグダグダ責任転嫁しているのを見ながら、イライラしているんです。そしてアラン・リックマンは、イライラを隠す。俺も男だから、こいつらのことがわかるけどな、っていうのを演じている。アラン・リックマンは二枚も三枚も上手の演技ですね。女が軍人をやるなら、ここまで肩肘張らないとダメだけど、男は軍人で、たしか孫娘もいて、孫娘のプレゼントのことを考えつつ、少女を巻き込むこともできちゃう。軍人としての男の世界というのはすごい。心を守る強固な壁がないとダメなんですね。久々に、軍人として生きるということを考えさせられました。今までは、悩みはないのかとか、軍人さんは大変だな、ぐらいだったんですが、今回は、覚悟とか、そういうことを考えさせられました。

中野:うまい演出の戦争映画というのは、終わったことが多くて、たとえばベトナム戦争などの映画も終わったことですよね。ですが、この映画は現在進行形が描かれています。だから、とてもグッときますね。

内海:おっしゃるとおり。戦争映画はアクション満載で楽しませながら、最後は「戦争は悲惨で悪いことですよ」で終わるのよね。

オライカート:とってつけたように。

内海:でも『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』は、みなさん、どう思いますか? で、厳しいよね。

中野:きついですよね。

内海:でも、なんとなく笑えるの。

中野:そこはすごいですね。

内海:イギリス映画なのよ。

中野:私は笑えなかったな。余裕があって見ているんじゃないですか?

内海:私が意地悪だから(笑)、所詮は作り話っていうことも含めてね。この映画には舞台劇としての意地悪さを感じる。シェークスピア以来のイギリスの演劇の骨格を持っているんじゃないですかね。

オライカート:シニカルなね。残酷な。
でも外から見ると笑えちゃうという。

内海:作り手たちが自分を客観視していて、出したときに観客に余裕を与えている。映画が優れているのよ。つまんない映画というのは、変に客を巻き込んで、客にも嫌な気持ちを共有させるのよ。それで中途半端に投げ出すということも多いですよね。

中野:多いです。

内海:その辺の按配が、この映画はフェアだと思う。

オライカート:アフリカ恐るべし。

内海陽子中野豊オライカート昌子

アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場

12月23日(金)TOHOシネマズシャンテにて先行公開 
1月14日(土)全国にて公開
【配給】
ファントム・フィルム
アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場オフィシャル・サイト http://eyesky.jp/