(C)2012 TCエンタテインメント
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 現在の日本映画界で最も注目すべき女優、鈴木砂羽の魅力が全開の主演作。といっても薬物依存症になった母親役だから、魅力全開と言っては語弊があるが、そうとしか言いようがないほど圧倒的にチャーミングである。本来なら、薬物によって心身が疲弊し、実年齢をはるかに上回るオバサンになってしまうはずなのに、彼女はどういう状況下でも若々しい。鈴木砂羽が演じるのだから当然だが、母よ、美しくあれと願う男心への思いやりでもあるだろう。

 岩手県出身のミュージシャン、松本哲也の実体験の映画化。可愛くて純情で、いくぶん思慮が足らず、つい不運を招き寄せてしまう母・扶美江(鈴木砂羽)と過ごした日々と、成長する彼の苦悩を描く。やくざと結婚して覚醒剤中毒になり、幼い哲也を児童養護施設に預けざるを得なくなった扶美江は、勤め先のスナックで会った男と恋に落ち、一緒に暮らし始める。まもなく哲也は施設を出て母のもとへ帰るが、母の暮らしぶりに落胆し、非行の道をひた走る。

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 まさに絵に描いたような悲惨な母子ものだが、鈴木砂羽が演じると悲惨さもなぜかおしゃれで華やかなものになる。何かにつけ「ブゥ~」と口をとがらせてその場をやり過ごす憎らしさ、息子の態度が気に入らないとプロレス技“四の字固め”をかける規格外の体力、息子が逮捕されても動じずに警察と渡り合う度胸。スナックで酔客相手に歌う山口百恵の「プレイバックpart2」は、やるせない女心の表明ではなく、きわめて挑戦的で溌剌たるものになる。どういう場面も、どういう心情を演じても、すべてに工夫があり、鈴木砂羽ならではのオリジナリティに溢れている。みじめなリアリズムとは無縁だ。

 ついに病み衰えた扶美江は、出前のちらし寿司もろくに食べられなくなる。しかし、もう哲也(石垣佑麿)のことは心配いらない。ミュージシャンとして名を成し、しっかり自分の足で立って未来へ向かっている。ひとりでたばこを吸いながら「おわりかあ」とつぶやく扶美江の透きとおった表情は、孤独感と充足感を同時に伝え、安易な同情を静かに拒絶する。母になること、母でいることもまたハードボイルドな生きかただと語るかのようだ。彼女が“ユキちゃん”と名づけたユキヤナギの花が窓辺にきれいに咲く。その花言葉は一例では「愛嬌、気まま、自由、殊勝」だとある。鈴木砂羽によって丁寧に演じられた扶美江は、世界一愛らしい「ユキヤナギ」に変貌した。   
 (内海陽子)

しあわせカモン
1月26日(土) ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー