村上春樹が1987年に発表し、世界中で愛されているベストセラーを『青いパパイヤの香り』のトラン・アン・ユン監督が映画化。突如亡くなった親友の恋人との複雑な愛情を軸に、主人公の「僕」が出会う様々な人との出会いや体験を叙情的に描いていく。キャストは全員適役だと思う。

村上作品の映像化は難しいと言われているが、もともと透明感のある作品を撮ることで知られるトラン・アン・ユンの力量で、繊細で美しい映画に仕上がっている。ただ、原作のように、冒頭でこの物語が回想形式であることの説明がないのに、個々のエピソードで、映像には登場しない未来が「僕」の独白として挿入されるのが気になった。

「僕」の親友キズキの自殺の原因や、彼の恋人である直子が何故精神を病んだのかは明確な説明がなく、物語がある程度進んでから観客側で推測するしかない。特に直子は、心の病になったきっかけを、「恋人には感じなかった性欲を愛してもいないはずのあなたには感じた」と「僕」にぶちまけ、人の愛が分からない、と号泣する。

そうした人の感情が持つ不条理さや、そこから生まれる言葉にならない恋愛観が、「僕」の経験から浮き彫りになる。恥ずかしながら私は原作を読んでいないので、原作のイメージが再現されているか分からないが、これだけ独特の死生観や恋愛観が哲学的に語られている作品では、一定のイメージを作り上げるとこちらの想像力が制限されてしまう危険がある(象徴的キャラの緑を見ていてそう思った)特に旬のキャストが揃っていると余計そうなりがちだ。非常に美しい作品だけれど、映画は映画で別物として捉えるべきかもしれない。

この物語は「僕」の視点で描かれながら、様々な価値観を持った幾人もの人間が登場する。すべてのキャラクターが主人公でもあるところも、この作品の魅力かもしれない。
(池辺麻子

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