散歩する侵略者の画像
(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会
 黒沢清監督が懐かしい匂いを携えて帰ってきた。しかもその匂いはやさしい。
“易しい”うえに“優しい”。こういう印象を与えることを成熟と呼ぶのではないかと言うと作り手は嫌がるかもしれないが、そういうものではないか。

“易しい”を体現するのは松田龍平である。久しぶりに帰宅した真治(松田龍平)は、ひどくおぼつかない状態で、まともに歩くこともできない。妻・鳴海(長澤まさみ)は、彼がとぼけていると思いこみ、プリプリ怒る。やがて真治は宇宙人だと言い出し、不思議な行動を取る。人間のある態度に興味を持つと、その“概念”を奪うのだ。奪われた人間は、涙を一筋こぼしてへなへなとしゃがみこむ。俳優の野心というものを全く感じさせない松田龍平は、心身をすっかり宇宙人役に委ねる。それがおかしみを生み、観客をリラックスさせる。

(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会
“優しい”を体現するのは長澤まさみである。鳴海は真治の浮気を疑い、不信感を募らせるが、どうも彼を憎みきれない。彼女は宇宙人になったらしい彼をあらためて慕うようになる。夫であろうが宇宙人であろうが、いまここにいる真治はわるくない男だと彼女は思う。一瞬、一瞬、とんでもないことが起きているのだが、彼女は彼をかばい、彼のために逃走を試みようとする。地球がたった3人の宇宙人によって侵略されると知っても、さして重大事とは思えなくなる。彼女は新しい真治を発見して胸がいっぱいになってしまったからだ。

 やさしさとは無縁のジャーナリスト桜井(長谷川博己)と、若くて獰猛な宇宙人男女が、夫婦のまわりで物語を進行させる。彼らは3日あるいは3秒で地球を侵略するとアバウトに言い放ち、そのための準備を着々と進める。ジャーナリストとしての立場も地球人の自我も定かではないことを露呈する桜井がコメディリリーフとなる。長谷川博己が、よく言えばフレキシブル、わるく言えば自分というものが空っぽの男を好演する。こういう輩に、地球の運命が託されるのである。きっと昔も今もそれが繰り返されているのだ。

「侵略が始まったの?」「いや、あれは夕日だよ」。車で逃走中、そんなとんちんかんな夫婦の会話が交わされ、鳴海はホテルのベッドで真治に殺してくれと頼む。宇宙人にも個性があるようで、どこか変容した彼は彼女を殺すことができない。思い余った鳴海は自分の「愛の概念」を奪ってくれと彼に頼む。それを受け入れた真治は「すごい、全部ちがって見える」と言い放ち、そして……。

 手垢にまみれたキャッチフレーズに「愛が地球を救う」というのがある。そんなばかな、甘ったるい話があるものか、と思っていたが、やはりあるのだ。黒沢清監督は少しも臆せずユーモラスに「愛は地球を救う」物語をつづった。鳴海が真治に奪わせた「愛の概念」を想像すると、にわかに涙が湧いてくる。
                              (内海陽子)

散歩する侵略者
監督: 黒沢清
脚本: 田中幸子
黒沢清
原作: 前川知大
出演: 長澤まさみ 加瀬鳴海
松田龍平 加瀬真治
高杉真宙 天野
恒松祐里 立花あきら
前田敦子 明日美
満島真之介 丸尾
児嶋一哉 車田刑事
光石研   鈴木社長
東出昌大 牧師
小泉今日子 医者
笹野高史 品川
長谷川博己 桜井
配給: 松竹・日活
2017年/日本映画/129分/SF/ドラマ/ミステリー
公式サイト http://sanpo-movie.jp/