© La Petite Reine – Studio 37 – La Classe Américaine – JD Prod – France 3 Cinéma – Jouror Productions – uFilm
監督ミシェル・アザナヴィシウスが“化けた”。2006年の第19回東京国際映画祭で、彼の『OSS177 カイロ、スパイの巣窟』(DVD題『OSS177 私を愛したカフェオーレ』)が東京グランプリを受賞し、話題騒然となったとき、一部からブーイングを浴びた当時の審査委員長ジャン=ピエール・ジュネはおろか誰も、そのアザナヴィシウスが5年の時を経て、米アカデミー賞の最有力監督になる日が来ようとは思いもしなかっただろう。いやむしろ、ジュネにこそ先見の明があったというべきか。

もともとフランスのテレビコメディ番組「Les Nuls」の演出家として頭角を現わしたアザナヴィシウスだ。「007」シリーズを徹底的にパロディにして笑いのめした『OSS177』は、まさにフレンチコメディのバタ臭いコント集の域を出ず、主人公を演じるジャン・デュジャルダンもまた、自らトラブルを撒き散らしては単純な事件を複雑にして自信満々を気取る、おとぼけの道化役で観る者を呆気に取らせたものだった。

アーティストの画像
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そのデュジャルダンは本作『アーティスト』でも主人公であるサイレント映画界の大スター、ジョージ・ヴァレンティンを演じ、またも無声版「007」とでもいいたい冒険活劇のスパイアクションで颯爽と活躍するが、その劇中映画に留まらず、作品そのものをモノクロ&サイレントというシンプルな枠に押し込めたことが、アザナヴィシウス監督のアイディアの勝利だ。無声映画の雰囲気たっぷりの大仰なパントマイム演技を、効果音と音楽だけの抑制された映像世界に置いたとき、観る者の想像力を充分に刺激する余地を孕むからだ。

新進女優のペピーが映画スタジオのセットで、足だけが見える衝立を挟んでジョージと顔を見合わせることなく“タップ合戦”を繰り広げるとき、野次馬となってふたりを囃したるスタッフの声によって、私たち観客は相手が誰だか察しがつきそうに思うが、サイレントの世界では衝立が運び去られるまで、ふたりは互いの正体が判らない。そのもどかしさと、ふたりが顔を見合せたときのホッとする安堵感。わたしたちは、たちまちこの映画のサイレント世界に感情移入してしまっているのだ。そしてそのときの印象的な出逢いが、クライマックスの伏線となる作劇の妙。

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ギャグが散発するだけだった『OSS』とは異なり、サイレント映画の衰退とトーキーの隆盛というドラマティックな事実が物語の骨格を貫き、観る者の昂揚感を逸らすことなく引きつけていることは言うまでもない。「トーキーなんて流行らないさ」。そううそぶくジョージだが、彼は物が倒れ、スプーンが飛ぶ、その効果音は聴こえるが、なぜか自分の叫びだけは口パクの無声のままという悪夢にうなされる。このようにサイレントの特質を逆手に取った悪戯心あふれるアザナヴィシウスのアイディアは冴え、やがて“アメリカの恋人”として飛ぶ鳥落とす勢いのペピーと、映画スタジオを辞めたジョージが、オフィスの階段の上り下りですれ違うシーンを俯瞰でとらえて、ふたりの今を象徴させる。ジョージの起死回生となるはずの監督主演作で、主人公であるにもかかわらず砂地獄に呑み込まれる映画中のジョージは、まさに彼の置かれた状況そのものだ。

事程左様に、映画の軸がぶれないからこそ、アザナヴィシウスお得意の往年の名画パロディや換骨奪胎も、邪念なく楽しめる。名犬リンチンチンさながらのジョージの愛犬アギーの忠犬ぶりに、思わず眼を細めてしまうことは必至だ。

失意に沈みピストル自殺を図るジョージと、そのジョージを救うべく車を走らせるペニーのスピーディなモンタージュに、『めまい』のバーナード・ハーマンの音楽が重なる緊張感あふれるシーンの果てに、「バン!」と効果音の字幕が重なる。さて、何が起きたのかはお楽しみ。映画と戯れるアザナヴィシウスの遊び心は、フランス製ハリウッド・サイレント映画で大きく羽ばたき、観る者の心に大らかな幸福感を届ける。無邪気なる会心作だ。
(増田統)

アーティスト
2011年 フランス映画/101分/監督:ミシェル・アザナヴィシウス/出演:ジャン・デュジャルダン、ベレニス・ベジョ、ジョン・グッドマン、ジェームズ・クロムウェルほか/配給:ギャガ
4月7日(土)シネスイッチ銀座、新宿ピカデリー他全国順次公開
公式サイト http://artist.gaga.ne.jp/

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